第5話
カラオケボックス🎙️
「あなたに女の子のいちばん大切なものをあげるわー。小さな胸の奥にしまった大切なーものをあげるわー!」
「いいぞー!真理ちゃーん!」
僕には、大ウケで、僕は大はしゃぎしている。地元のカラオケボックス、シダックスで真理子が『ひと夏の経験』を歌っている。哲学女子の真理子のイメージからは、想像もできないような選曲に僕は、大喜びというわけだ。いや、寧ろ哲学者っていうのは、そういう奇抜で意表を付くような行動をとるのかもしれないなどと考えている。それは、腰がドッシリと座っているのと正反対に。
「愛する人に捧げるためー。守ってきたのよー!汚れてもいい。泣いてもいい。愛は尊いわー!」
う〜ん。たまらないな。真理子にそんな風に愛されたいもんだなと僕は思っている。そしたら、幸せだろうな。
「誰でも一度だけ、経験するのよ。誘惑の甘いわなーー。」
僕は、真理子は、アンタッチャブルと思っていたけど。きゃー。もう、真理ちゃんを誘惑しちゃおうかな。もう!一度だけの人差し指のパフォーマンスもドキっするね。どうすんだ?!
真理子は、歌い終わるとソファに座って、
「ふぅ〜。」
とため息をひとつして、クリームソーダをゴクゴクとストローで飲んだ。
「真理子。凄いね。しかも歌が上手いね。感動したよ、僕は。」
「さて。それでは、隆二は何を歌うの?」 僕は、アイスコーヒーを一口飲んで、敢えて、その曲を入れた。
「けなげな少女の瞳がー。今日も銃弾に撃ち抜かれていくー。岸に倒れた名もなき兵士はー。母の名を叫んで死んだというー。」
真理子も真理子で、意表を突かれたように、長渕剛を歌う僕をえっ?!というような顔をして、目を見開いて見つめている。長渕剛をカラオケで歌う奴をたいていの女の子は、嫌いだということを僕は知っている。しかし、だ。僕が長渕剛を好きなのに、それを歌う僕が嫌いだということは、僕は、そういう女の子とは、合わないということになるだろう。その女の子は、僕が嫌いだということになる。だから、敢えてと言ったんだ。本当なら、藤井郁弥の『ツゥルーラブ』でも歌えばいいんだろうけど、僕はそういう柄でもない。
「真っ逆さまに天空を突き刺し、犠牲になった生命の破片が舞うー。俺たちは憤りにむせかえり。屈辱の血ヘドを吐くー。」
女の子が腹を立てて、出てっちゃってもしょうがないような歌を僕は、歌っているのに、真理子は、なんだか、胸を右手で押さえて、涙ぐんでいる。真理子は、感受性が豊かで、言葉に敏感だ。なら、真理ちゃん。一緒に歌おう!僕は、真理子にもう一つのマイクを黙って渡した。
「おーおーおーおおおおー。おおお、おっおっおー。」
「戦いの歴史ばかりでうんざりだー。暴力のいしずえに国家などありゃしねぇさー!」
真理子は、泣いている。黙って、真珠のように綺麗な涙が真理子の頬を伝っている。僕は、長渕の歌で泣く女の子というのを知らない。その真理子の涙と感情移入した歌詞につられて、僕も泣いている。この二人は、いったいどういう二人なんだと思う。
「あぁ。床を這うほどの汗をひたたらせー。親父もお袋も働いてきたんだぁ〜。霊峰富士のてっぺんに。俺たちは生まれてきたんだー。
おーおーお、おおお、おー。」
歌い終わって、僕は、真理子を抱きしめた。そして、そっと耳もとで言った。
「ごめん。真理子。こんな歌、歌って。泣くなよ、真理子。ありがとう。ずっと君に逢いたかったよ。」
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『実存は 本質に先立つ。』 サルトル
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