第18話 謎の男

 薄闇の中、ネオンの光が霧散する。新宿駅の巨大なサイネージは、かつての煌びやかな広告ではなく、半透明の光の粒子となって人々の間を流れていた。2050年の新宿は、もはやアスファルトとコンクリートの塊ではなかった。

 ​かつて高層ビルが立ち並んでいた場所には、有機的な曲線を描くタワーがそびえ、壁面には青々としたツタ植物が絡みつく。それは「垂直農園」と呼ばれ、夜になると淡いグリーンの光を放ち、まるで巨大なホタルが地上に舞い降りたかのようだった。

​ 歩道は、滑らかな光の道へと変わっていた。人々は小型のパーソナル・モビリティに乗るか、あるいは宙に浮かぶように設置された空中回廊をゆっくりと歩く。耳元にはAIアシスタントの囁きが流れ、視界にはARで表示されたカフェのメニューや、遠い故郷の風景が浮かび上がる。

​ しかし、そのデジタルな喧騒の片隅で、昔ながらの提灯がぼんやりと赤く灯る一角があった。新宿ゴールデン街。狭い路地は、相変わらず人々の秘密の溜まり場だった。酒の香りと、懐かしさを求める人々の笑い声が、ビルのデジタルな光と交錯する。

​「ここは、昔と変わらないな」。

​ そう呟き、男は暖簾をくぐった。AIが管理する未来都市の片隅で、人間だけが持つ情熱と孤独が、今日も静かに息づいている。新宿は、時を超えて変わることなく、人々を受け入れ続けていた。


 2050年の新宿、ゴールデン街。

​ 男は、提灯の光に導かれるように、馴染みのバーの暖簾をくぐった。カウンターの隅には、AIが淹れたカクテルではなく、マスターが手ずから作ったウイスキーがグラスに注がれていた。男は、そのグラスを手に取り、ゆっくりと口に含んだ。

​「よう、久しぶりだな」

​ マスターの声に、男はグラスを置いた。マスターは、昔から変わらない笑顔で、男を見つめている。

​「マスター、一つ頼みがあるんだ」

「なんだい?こんな時間に、珍しいな」

​ 男は、マスターに、自分が探しているものを告げた。AIが管理するこの街では、もはや手に入らないもの。それは、古き良き時代の「武器」だった。

​「銃、か…」

​ マスターは、静かに呟いた。彼の顔から、いつもの笑顔が消え、真剣な表情に変わった。

​「あんたも、いよいよ、その道に進むのかい?」

「…どうしても必要なんだ」

​ 男の言葉に、マスターは何も言わず、カウンターの下から、一つの木箱を取り出した。木箱の中には、黒光りする一丁の拳銃が入っていた。それは、20世紀に製造された、古い時代の銃だった。

​「これは、俺が昔、この街で生きていた頃の、形見だ。これだけは、AIにも渡さなかった」

「マスター…」

​ 男は、拳銃を手に取った。冷たい鉄の感触が、男の心を落ち着かせる。

​「この銃は、この街の闇を象徴している。この銃を手にしたら、もう後戻りはできない」

 ​マスターの言葉に、男は静かに頷いた。彼は、この銃を手に、この街の闇へと足を踏み入れることを決意した。

​ 男は、マスターに礼を言い、バーを出た。外は、相変わらずデジタルな光が渦巻いている。しかし、男の目には、その光の奥に潜む、この街の闇が、はっきりと見えていた。

​ この銃を手に、男は、一体何と戦うのでしょうか?

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