世界陸上男子投げやり決勝

四熊

世界陸上男子投げやり決勝

 世界陸上男子槍投げ決勝――いや、ここで行われるのは少し違う、男子なげやり決勝だ。

 

 世界各国から集まった強豪たちが、全員やる気ゼロで入場してきた。観客は大歓声だが、選手たちはため息ばかり。


「……まあ投げときゃいいんだろ」


「世界記録? Wi-Fiの電波のほうが大事だよ。電波どこだ」


「祖国に帰りたい、そして早く寝たい」


 トップバッターはアメリカ代表・ジョンソン。


「オレは自由の国から来た。だから助走も自由、方向も自由だ!」


 叫んだ瞬間、槍はスタジアムの反対方向へ一直線。


 「おい!駐車場のバスに突き刺さったぞ!」


「フリーダム! 俺は自由だー!」


 観客の驚きの声をかき消すような大きな声を上げながら、両手を広げるジョンソン。


 二番手はフランス代表・ピエール。


 ワインの瓶を片手に、槍を逆手に持ち――


「人生は短い、記録なんて無意味だよ」


 ふわっと空へ放り投げ、寝転んでワインを一口。


「セ・ラ・ヴィ……」


 そういって目を閉じた。


「ピエール選手、記録はゼロ! ですが人生を楽しんでいます!」


 三番手は中国代表・劉。


 スタートラインに立つが、いきなり肩をすくめてため息をついた。


「……ウチの国、十四億人いるヨ。俺がやらなくても誰かがきっと世界記録出すヨ」


 そう言って、槍を手からスルリと落とす。

 

 地面にコトン。記録はわずか一センチメートル。


 「……記録は低いですが、発言のスケールは世界最大級です! まるで万里の長城だ!!」

 

 四番手はインド代表・アジャイ


 だがアジャイは名前を呼ばれてもトラックに姿を現さない。観客、実況も困惑する。


「おっと、今入った情報によりますとアジャイ選手は今、母国の家でまだ寝ているそうです」


 五番手、日本代表・田中。


 集中しようとしたその瞬間――ポケットの携帯が鳴る。


「……え? ゴミ出し忘れた? いや今試合中なんだって! え、子どもの迎え? だから今決勝戦――」


 妻の声に押され、返事のだんだんと適当になっていく。そして、やけになって槍を投げた。

 

 その勢いは尋常ではなく、なんとトラックを越えてスタンド最上段まで突き刺さった。


 「おおおおーーー! 田中選手! 世界新記録です!! 金メダル確定!!」

 

「……はいはい、あとで迎え行くから」


 スマホを耳に当てたまま淡々と答え。田中は会場を後にした。

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