《《17 家族会議》》
一心は事務所に戻って警部の反応を伝える。
「 しょうがないしょ。警部だって闇雲に逮捕はしないだろうぜ、そうなる前に俺達で真犯人の証拠掴めば良いだけじゃん。やろうぜ 」
数馬が意欲を見せるとみな釣られたように一心に強い眼差しを向けてくる。
「 そうだな、寺守が絶対シロと決まった訳でもないしな。一週間くらいで見通し立つように頑張ってくれるか? そうと決まったら、俺と静でその寺守に会ってくる。アポは取ってあるんだ 」
「 なんだ、俺が言わんでもその気だったってことか、仕掛けられてたみたいだぜ。ふっ 」
数馬が苦笑い。
寺守正輝とは目的があって浅草寺の境内で会うことにしていた。
「 寺守さん、悪いけどあんたの空手をこの静に見せて欲しいんだ 」
一心はいきなり言った。これがこの場所で会う目的。
「 え、静って奥さんでしたよね。どうして? 」
「 ま、すぐわかるから、お願いしますよ 」
寺守は妙な顔をしたまま、準備体操なのだろう身体のあちこちを動かす。
「 じゃ、始めます 」
寺守はそう言って、手や足を鋭く突き、蹴る。一瞬で終わって、
「 これで良いですか? 」
「 静、どうだ? 」
「 さすがやわ、あてより速い気がしまんな 」
「 そっか、受けてみるか? 」
「 蹴りはダメどす。正拳だけ二、三発えぇやろか? 」
静が寺守に目をやると、寺守は、えっと言う顔をして、
「 奥さんが僕の正拳を受けるんですか? 」
半信半疑といった顔をして言う。
「 えぇ、静はプロボクサー並みの実力者なんだけど、先日、殺人事件の犯人に襲われて歯が立たなかったんで、それで試してみたいんだ 」
「 それは僕が犯人じゃないかと疑ってるってことですか? 」
「 いやいや、そう思ってたらこんな事言ったら手加減されちゃうでしょ。どのくらい強いかを見極めたいんだよ 」
寺守が肯いて静と対峙する。
「 じゃ行きます 」
……
一心には鋭く風を切る音が続いて聞こえただけだ。
「 寺守さん、おおきに。参考になりましたわ 」
「 いや、驚きました。ここまで正確に僕の突きを受け切るなんて、空手はやって無いんですよね? 」
「 寺守さん一年前に美国へ行ってますよね? 」
場所をいつものカフェに移して一心が訊いた。
寺守は少しの間汗を拭き拭き一心を見詰めていたが、
「 もう、調査済みって顔に書いてますけど? 」と言って笑顔を見せる。
「 いや参ったな 」一心は頭を掻きながら、
「 寺守と頼御寺、敵対する野武、現在の九龍との関係を訊き歩いていたというとこまではわかった、という事です。だが、その先がわからない。なぜ一年前なのか? 知ってどうするのか? もうひとつ言えば、なぜ殺人事件現場にあなたはいるのか? 」
「 自分のルーツを知りたくなっただけのことですよ。他意は無い。それと添乗員をやってるんで浅草からスカイツリーあたり一帯の情報を足で集めてるってことです。前にお会いしたときに言いました 」
「 事件との関りは? 」
「 ありませんよ。たまたまです 」寺守は笑みを見せて答える。
一心はその笑顔の陰にあるものを感じてしまう。
*
一心が時間を見ると昼近い。
夫婦で食事を取って、寺守が修行していた空手道場へ足を向ける。
「 寺守くんは自ら進んで暴行、ましてや殺人などするような人物ではないですよ。彼は鍛錬のためにここに来ていたんです。彼自身もそう言ってたし、私もそう思ったからね 」
師範という人が、寺守が殺人に空手を使った場合、事件のようなことが可能か訊いたところそういう風に答えたのだ。
一心夫婦は辞去後、浅草署へ足を向けた。
寺守の話に師範の言葉を添えると、警部は、
「 わかったわ。逮捕はしない、というよりできないわね。物証が無さすぎるもの。あんたの方から何か物証提供してくれたら良いんだけどね 」
「 ふふ、こっちも探してんだけど、残念ながら…… 」一心は天を仰いだ。
「 寺守を二十四時間監視するから、これ以上彼が殺人を犯そうとしてもできないわよ 」
「 いや、俺は取り敢えず寺守の逮捕を待ってくれたので、それ以上言うことは無い。お互い真犯人逮捕に向けて頑張ろうや 」
一週間が過ぎ、警部が、
「 あれから寺守正輝のことを課長に報告したのよ。その時は『わかった』みたいに言ってたのに、今日になって『再来週の頭に寺守を逮捕し送検しろ。猶予は十日間だ』だって 」とイライラ声で電話をしてきた。
「 え、だって物証が…… 」一心は反対するのだが、
「 浅草署管轄で未解決の殺人事件が五件もあって、最後の事件からひと月、最初の事件からは一年半にもなる。容疑者は浮かんでるんだから来週中に物証を見つけろということよ。ダメでも状況証拠と自白で送検しろってことなんじゃないの 」警部は捨て鉢になってるようだ。
「 そんな無茶苦茶な。署長にでも何か言われたのかな? 」
一心には到底警部や課長の発言とは思えなかった。
「 いえ、その上、本庁の部長から直接署長に電話があってそう命令されたみたいよ。私はそんなのどうでも良いんだけど、参ったわ 」
警部もどうしようもないからか一心に救いを求めるような言いようだ。
「 なんで本庁の言いなりなんだ? 」
「 署長の元上司なのよ。それに署長の今後の昇進にも影響あるから、何でも言う通りなのよ 」
「 ふーん、だがなぁ…… 」
一心も困り果てた。
短い猶予期限内に犯人を捕まえるため現状を整理しようと、一心は家族を集め猶予期限の話をしたうえで、
「 俺はさ、去年四月の龍峯眞殺害の犯人は寺守じゃないかと…… 」
と第一の殺人事件から自分の考えを話す。
……
半日かけて六件の殺人事件について情報を共有し考えも言い合った。
「 総じて寺守は現場もしくは現場付近にいた。間違い無いよな 」
一心が見回すとみな肯いている。
「 愛美についてだが、野士殺害の時はいなかったんだ。加えて犯人は男という点が変わらないとすれば犯人たりえない 」
「 んならよ、守護霊をどう考えるのよ 」
「 一助の疑問もわからないでは無いが、現実的に守護霊による殺人事件なんて起きたためしがない。だろう? 解釈できないことをそういう風に面白可笑しく言っただけだ 」
「 そうやね、ほんにそういう事が起きたとしてもや、警察は実際に殺した人を逮捕やろな。霊には手錠掛けられへんもんな 」
「 まぁな。なんかすっきりせんがよ。現実を考えればそういうことになるのか 」
「 じゃ、一助。良いな 」
「 おー 」
「 愛美の父親は娘を心配して伊田の周辺を調べその本性を知ったが、さっき数馬とか静が言ったようにいきなり殺人はないだろうし、人格的にも考えられん 」
一心は家族の顔色を見ながら話を続ける。
「 崎田や野士は九龍絡みのいざこざを動機に考えられなくはないが、殺るとすれば、刺殺とか撲殺だろうし、殺害現場にニセコことか住宅街の中は選ばんだろ。そもそもそんなトラブルは見つかっていない。だよな? 」
「 動機は、やはり戦国時代からの確執ってことになるぜ 」
と数馬。
「 女を襲った龍峯、崎田、加野と鳩谷は寺守の心情を思えば殺害動機として成立するだろう。野士も女を尾けてたからそう考えたのかもしれん。伊田と川田凛は夫々裏があった。それを知った寺守が愛美を守ろうとしたとも考えられるんだ 」
「 ほーかぁ、頼御寺は寺守の恩人だからっちゅー訳やな 」
「 これで曲がりなりにもすべての事件に動機を持つのは寺守一人になったっていうことだ 」
「 んじゃ、今後は寺守一本で行くってことだな 」と一助。
「 ああ、ただ話に出た、崎田の勤務先にトラブルがなかったか、野士殺害現場周辺、特に頼御寺宅が近いからそのへん含めて物証探し、この二点は数馬と一助に頼む。《MY食品》はやばっちい会社かもしれんから二人で行ってくれな 」
一心は話合いの結果を受けて、丘頭警部に寺守犯行説を裏付けるには、任意あるいは令状を取って寺守宅で被害者の血痕や衣服の繊維片などを捜索する手段もあると進言した。
一日一日と時間だけは容赦なく過ぎて行くが、崎田の勤務先内の調査も、野士殺害現場付近での物証探しも成果がない。じりじりと猶予期限は迫る。
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