朝の大事件

 朝。それは平日と休日で顔を変える。

 平日は今日一日の始まりの合図。人によっては憂鬱に、人によっては楽しみに。因みに私は憂鬱側の人間だ。

 このように平日は人によって感じ方が変わる朝だが、休日は違う。そう、休日は皆平等に朝は惰眠を貪る時間へと変貌するのだ。

 休日の朝は素晴らしいと思うわ。だってこんなにも何にも急かされずゆっくりと出来る時間なんて他には無いもの。

 そう、休日の朝は本来素晴らしいもの。であるにも関わらず私はそのゴールデンタイムをとても嫌な気分で過ごしていた。

 ピロン、ピロン、ピロンピロン。

 この鳴り止まない通知音のせいで私はとても嫌な気分になっていた。

「んー」

 私はイライラしながら気怠い身体を動かし、未だ五月蠅いスマホをマナーモードに変更する。そして怒りをぶつけるようにスマホを放り投げた。

 これで邪魔者は消え去った。そう思い今度こそ二度寝しようとしたのも束の間。スマホは私の安眠を邪魔することを諦めてはいなかった。

 ブー、ブー、ブーブー。

 マナーモードにしたせいで、余計に耳に残る五月蠅さへと変貌してしまった気がする。どうしても安眠がしたい私はタオルケットを頭からかぶることにした。

 これは私とスマホの勝負だ。負けず嫌いの私はこんな奴に敗北することを許さなかった。

 ブー、ブー、ブーブー。

「ああもう! 五月蠅い!」

 我慢ならなかった私は髪の毛をくしゃくしゃにしながら起き上がる。私の敗北が今、決定した。

 ブー、ブー、ブーブー。

 私の怒りなんて知らないとばかりに未だスマホは五月蠅いまま。今もずっとバイブ音を鳴らし続けている。

「……はぁ」

 そりゃそうだ。相手は機械。こちらの怒りなんて知ったこっちゃない。

 怒るのもバカらしくなった私は溜息をつきながらベットから降りる。そしてさっき放り投げたスマホの元へ歩いて行くのだった。

 最悪だ。最悪の目覚めだ。こちとら柚ちゃんにあんなことやこんなことをする夢を見ていたのに。まだ夢の続きを見ていたかった。まだ柚ちゃんにあんなことやこんなことをしていたかった。

 未だ覚醒してない頭の中、スマホを拾い上げた私は画面を見やる。通知音の正体が今、判明した。

「え……」

 思わず目を見開いた私は急いでSNSアプリを立ち上げた。そして昨日の私の投稿を画面に映す。

 私の投稿は、バズっていた。

 今も増え続ける拡散数やいいね。通知の正体は、このいいねたちだった。

 ついでに何やらDMも凄いことになっている。私にDMが来るなんて滅多にないのに何が起きているの?

 混乱した頭の中、私は昨日の投稿に対するリプライを見た。そこにはこんなコメントたちが書かれてあった。

『え!? KAEDEさん妹いたの!?』

『姉妹揃って美人とか……最高かよ』

『見つけた』

『妹ちゃん可愛すぎ。天使』

 どれもこれも好意的な意見ばかり。私の『私の妹』という投稿はバズり散らかしていた。

 未だ現実が受け入れられない私を現実に引き戻すように着信音が鳴る。相手は私のマネージャーだった。

「はい。もしもし」

 ワンコール鳴り終える前に私は電話に出る。するとやたらテンションの高いマネージャーが私に話しかけてきた。

「あ! KAEDEさんですか!? KAEDEさんですね! いやぁ、凄いことになってますね!」

 未だ現実味が無い私はマネージャーのテンションに着いて行くことができない。黙りこくっているとマネージャーの心配そうな声が耳に届いてきた。

「あれ? 聞こえてます? もしもーし」

「あ、はい。聞こえてます」

「あ、良かった~。では改めて。KAEDEさん、ご自身の投稿がどのようなことになっているかは確認されましたか?」

「はい。えっとー、どういうことでしょうか、これは」

「どうもなにも……。バズった。バズったんですよ! やりましたね!」

 未だ現実に追い付いてない私を置いてけぼりにするマネージャー。一言二言会話をした後マネージャーはこんなことを言い出した。

「それで折り入ってKAEDEさんにお願いがあるんですが――」

 そのお願いは、私が願ってもみないことだった。

 私はすぐさまそれを了承する。

「良かった~。ではまた、十時頃にお迎えに上がりますので~」

「はい。ありがとうございます。では失礼します」

 そう言って私は電話を切る。そして深呼吸をして気持ちを整えた後、スマホ片手に急いで柚希の部屋に向かった。

 柚希の部屋の扉を勢いよく開ける。今は一分一秒が惜しかった。

「柚希たいへー……何してんのよ、あんた」

 「!?」

 私を見た途端、びっくりした顔をする柚希。柚希は今、先日私が買った浴衣を鏡越しに合わせてニヤニヤとしていた。

「何って……いいだろ別に」

 ぶっきらぼうに柚希は浴衣を手にしたままそう答える。

「ふーん」

「な、なんだよ」

 言葉は強がっているが、その様子は子犬が頑張って大型犬に吠えているようで可愛い。

「ねぇ柚希。着付けてあげましょうか」

 私は揺さぶりをかけるためにもそんなことを口にした。

「ほんとに!? ……あ、いや、いいよ別に」

 一瞬だが柚ちゃんの顔になった柚希。私の目はその瞬間を見逃さなかった。

「は? 隠しきれてないんだけど。可愛すぎかよ」

 思わず口からそんな言葉が零れ出る。

「? 姉さん何か言った?」

 首を傾げる柚希。その様子は男と思えないほどに可愛い。

「なんでもないわ」

 顔を逸らしながらそう答える私。私にはそんなことしかできなかった。

「あ! それよりも柚希! これ見なさい!」

 柚希が可愛すぎて本来の目的を忘れる所だった。私はそう言って柚希にスマホの画面を見せる。

「あんたバズってるわよ!」

 最初は何か分かっていなかった柚希も数秒経って状況を理解する。そしてらしくない大声でこんなことを叫んだのだった。

「な、な~!?」

 余談だが、柚希のこの大きな声は近所迷惑になったんだとかなんだとか。


==========


「はっ! これは柚姉様のお声!? ……一体何が。いえ、考えている暇はありませんね。待っていてください柚姉様ぁ、今貴女の妹が助けに参ります~!」

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