この姉には敵わない
「遅かったじゃない」
そうふてぶてしい態度で言う我が姉は、腕を組んで仁王立ちしていた。心なしか、怒っているように見える。
いや、これはそう見えるってわけじゃなくて実際そうなんだろう。姉さんは今、マジで怒っている。……多分。
さてはて、どうしたもんかね。実際キレてやがる姉さんに対し俺が出来ることなんて、無いに等しい。俺は姉さんに対しては無力なんだ。
……実際の所、出来ることがないわけじゃない。ぶっちゃけた話、ほぼ百パーセントでこの怒りが収まる方法を俺は知っている。
いやでもなぁ~。ここ公衆の面前なんだよなぁ~。あれをするのには気が引ける。もしあれをしてしまったら、俺の中の何かが終わってしまう気がする。
そう俺は、解決法こそ分かっているものの、それをするのには俺のプライドが邪魔をするという板挟み状態なのだ。いやぁ~、クマったクマった。
「何か言ったらどうなのかしら」
俺がクマっている間にも姉さんの怒りのボルテージは上がっていたらしい。見れば姉さんは額に青筋を浮かべていた。
姉さん機嫌悪いなぁ~。もしかして女の子の日とかそういうやつですか? ……いや姉さんはもう女の子とか呼べる年でもないか。
「柚希ぃ~?」
はい、俺がしょうもないことを考えている間にも姉さんの怒りは収まりませんでした。寧ろもっと怒気が増しているような気がします。
……マズいな。この姉、マジでキレてやがる。先程の呼びかけなんてもう、死刑宣告と同義だ。
もはやプライドだなんだと言っている暇は無いな。今すぐあの必殺技を発動せねば、姉さんは公衆の面前であるにも関わらず俺に酷いことをするに違いない。
あ~あ、さらば俺のプライド。明日には帰ってきてね。
そんなことを考えながら、俺は精一杯の猫撫で声で未だ怒りが収まらない姉に対しこう言った。
「ごめんね? おねーちゃん」
少しの涙目。両手は顎の下あたりにセット。そして必殺の上目使いだぁ!
どうだ参ったか。これは俺が編み出した超絶可愛い謝り方だ。勿論こんな格好の時にしか効き目はなかったり、使う場面は限られているが……。適した場面でこれをすれば、姉さんは一ころ待ったなしの状態になる。
あれ? 姉さんの様子がおかしい。下を向いたまま、肩がわなわな震えている。一体どうしたんだ? 姉さん。
辛抱堪らず俺が姉さんに近づいたその時――。
「あ、あの? 姉さ――」
それは起きた。
何と姉さんは両手を広げて俺に飛び掛かってきたのだ。
何!? 対姉さん専用技・上目使いで『ごねんね? おねーちゃん』が効かなかったとでもいうのか!? 姉さん、耐性を獲得したとでもいうのか!?
マズい。反撃される前に逃げなければ――!
――ふにゅん。
ふにゅん?
「あーん可愛いぃ! 流石私の妹! 私の柚ちゃんは世界一可愛いわぁ!」
そう言いながら姉さんは俺の後頭部に対し、ふにゅんふにゅんした物体を押し当ててくる。
未だ可愛い可愛いと連呼している姉さんだが、事実そのホールド力は凄まじいもので、全く抜けられそうもない。よって俺は姉さんが満足するその時まで姉さんに、ふにゅんふにゅんされ続けなければならない。
「すぅー。はぁ。すぅー。はぁ」
そして次なる姉さんの行動は、俺の頭をクンカクンカすることだった。対抗手段の無い俺はひたすら姉さんに好き放題される人形に徹する。
……あのぉ。そろそろ離してくれませんかね。大衆の面前ということもあって俺も恥ずかしいんですが。
「お、おねーちゃん。皆見てるから……」
あ、気が動転してたからか妹キャラのまま姉さんに話しかけてしまった。いやまあいっか。その方が姉さんには効き目があるし。
「あ、ごめんね柚ちゃん。嫌だった?」
そう言って心底残念そうに、シュバッと俺から離れた。
「嫌では……無かったよ?」
作った声で言っているが、これは俺の本心だ。たとえ今の俺が作りものだとしても、その俺に対し愛を持って接してくれるのはいくつになっても嬉しいもんだ。
「なんて良い子なの。
「はぁ」
「漏れ出る吐息すら可愛いなんて。私もうどうにかなっちゃいそう」
もうどうにかなっていると思いますよあなたは。
と、それはそうと俺、なんでここに呼び出されたんだっけ? こんな格好までさせられて。……まさか理由も無しに呼び出したわけじゃないよね? え? そうだよね?
「で? 姉さんや。そろそろ俺を呼び出した理由を話してくれやせんかね?」
遠回しに聞くのもまどろっこしい、というかわざわざ遠回しに聞く必要も無いと判断した俺は単刀直入に姉さんに聞く。するとなんということでしょう。姉さんの顔がムスッとした顔に変わったではありませんか。
「……やり直し」
「は?」
「やり直し! 声! 可愛くない!」
めんどくせ。
「おねーちゃん。私を呼び出した理由は何かな?」
仕方がないので姉さんの要望通りの声でもう一度問う。すると姉さんはまるで何事も無かったかのようにその問いに答えた。
「これよ」
そう言って一枚の紙を俺に見せつけてくる。そこにはスイーツフェアとでかでかと書かれていた。
スイーツフェア? スイーツフェア!? え!? マジで!? まさか姉さんこれのために俺を呼び出してくれたの!?
他人にわざわざ話したことは無いが、俺はスイーツが大好きだ。コンビニの新作スイーツとかついつい買っちゃうぐらいには。雰囲気渋めの喫茶店でも甘いものしか頼まないぐらいには。
やったっ! これ今から食べさしてくれるんでしょ? マジで嬉しいっ!
このスイーツフェアの文言を見た途端、俺には姉さんが神に見えた。先程の鬼の形相を忘れて、女神に見えた。
「これに今から行こうと思って。……ちょっと待って何その顔。可愛すぎるんですけど」
姉さんが何やらぶつぶつ言っているが、そんなの今はどうでもいい。それよりもスイーツフェアだ!
っとそうだそうだ。
「おねーちゃん! ありがとう!」
そう言って俺は姉さんに抱きつく。こうすれば姉さんは多分喜んでくれる。俺は感謝を忘れない紳士なのだ。……この格好だと淑女? かもしれないが。
俺はこの時舞い上がって気が付いていなかった。姉さんが、もはや理性崩壊寸前になっているということに。
さて、そろそろ良いかな。そう思い、姉さんから離れようとしたその時、予想外の行動で姉さんに止められる。
「お、おねーちゃん?」
問いかけても返事は無い。ただ無言で俺を抱きしめてくるのだ。……ちょっと怖い。
段々と強くなっていく力。逃げること叶わず俺は姉さんに抱きしめ続けられる。
「おねーちゃ……。くるし……」
あ、これあかんやつや。
そう思った時にはもう時すでに遅し。俺の意識は暗闇の中に落ちていくのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます