いくらはさだめ、さだめは食

二上たいら

いくらはさだめ、さだめは食

 我の名は残虐なる獰猛ザルダの九番目の子だ。


 惑星ダダルカ出身のジクーム族だと明かすと、銀河連邦では鼻つまみ者扱いをされる。


 実際に鼻をつままれたことも一度や二度ではない。


 軽蔑の仕草は種族の文化によって異なるが、嗅覚部位を塞ぐというのは、比較的共通した仕草だ。

 臭いを嗅ぐ、つまり『同じ空気の中にいるのも気に入らない』という気持ちを態度に表すと、鼻をつまむという行為に帰結するのであろう。


 我らジクーム族はその文化があまりにも野蛮であると、先進的で意識の高い銀河連邦主要諸国からは嫌われている。


 我らは文化として侵略を行う。


 多様性を標榜する銀河連邦からは、そういう種族も存在すると半ば黙認されているが、もし銀河連邦の主要国に噛みつけばジクーム族はあっという間に族滅されるだろう。


 それくらいに我々と主要国家では文明の発展度に違いがあるのだ。


 もちろん我々は褒められたものではない。


 文化として継続している侵略は、かつては種の生存のためであった。

 母星ダダルカの環境は恵まれているとは言えない。知的生物同士であっても生き延びるためには殺し合いが必要な場合すらあったほどだ。


 だが今の我々が行っている侵略は、所詮はお遊びだ。

 銀河連邦の主要国家に攻め込む気概もなく、狙うのはせいぜい連邦未加盟の未開文明だ。

 我々がジクーム族であるという誇りを失わないために惰性で続けている風習に過ぎない。


 だがその誇りこそが必要なのだ。


 多種多様な種族が入り交じる銀河連邦において、種の文化を維持するというのは難しい。なぜならより優れた文化があまりにも多く、それに置き換えられ、古い風習は淘汰されるからだ。


 気が付けば同じ文化に染まった銀河連邦主要国家という、見た目が違うだけの種族ばかりになる。


 貴様等の文化は素晴らしい。

 お互いを尊重し、誰も傷つかないよう配慮し、公平性を重んじ、全てを明らかにする。各種族は己の感情を完全にコントロールし、意識のアップデートを続け、他者に踏み込みすぎない。共感しあい、支え合い、ウィンウィンであるようにする。


 なら我々のようにDNAに残虐性が刻み込まれた種族はどうすればいい?


 DNAから治療を受けるべきなのか? それを治療といっていいのか?

 つまり銀河連邦の言う多様性に我々は含まれないのか?


 前肢がカチカチと音を鳴らす。ジクーム族が苛立ったときの悪い癖だ。

 他の種族にも知られてしまっているので、ジクーム族が前肢で音を立て始めたら逃げろとまで言われている。

 我々はそこまで野蛮ではない。

 ただ誰かからその地を奪わなければ、生の衝動が満たされない種族なのだ。


 それを銀河連邦に未加盟の種族を侵略することで我慢しているのだ。

 我々は尊ばれるべきであるとすら思う。

 銀河連邦加入前の文化を維持することに、我々は命をかけている。

 これこそが多様性というものだ。


 そして次なる獲物を我々は嗅ぎつけた。


 ここは天の川銀河のオリオン腕にある辺境星系だ。


 この星系の第三惑星からは電波の発信が検出されている。


 知的生物が文明を発展していく段階で避けて通れないのが、電波の使用だ。

 強い電波の使用はいずれ外宇宙から検知される恐れがあると、規制されるものだが、ここでは使用を止めた形跡はない。


 実に愚かな知的生物だと言えるだろう。

 そして我らに発見された。


 我は遠静止衛星軌道に偵察艇を移動させる。

 目的地はどこでもよかったが、ちょうど真下に歪な四角形の土地が見える。

 惑星全体からしたら些細な大きさの島だが、建物が随所に集まっており、知的生物が住んでいるようだ。


 では偵察を始めよう。


 我は偵察艇に備え付けられた精神感応装置を起動させる。


 これは生物の精神波を捉え、一時的に打ち消し、さらに使用者の精神を上書きすることのできる装置だ。

 誤解を恐れずに説明すると、心を持つ生き物を一時的に乗っ取ることができる。


 装置に任せて適当に波長を合わせられる知的生物を探す。

 少々時間がかかったのは、この惑星の知的生物がプリセットにはない精神構造をしていたからだろう。

 装置が自動的に波長を合わせやすい個体を選定し、準備が整う。


 この瞬間だけはどうしても気持ちの良いものではない。


 我は装置を起動させた。


 次の瞬間、我は地上にいた。

 この未開惑星の知的生物に入りこんでいる。

 精神波を打ち消しているため、この知的生物の思考や記憶が読めるわけではない。これはあくまでリモートコントロールだ。


 まずは状況を確認するために周囲を見回した。


 どうやら建物の中だ。多くの生き物がテーブルを前に椅子に座っている。

 種族はどうやら単一で、エギィに似た種族であるようだ。


 二足歩行の哺乳類で幼形成熟したような特徴がある。

 つまり哺乳類にしては毛が薄く、肌の露出が多い。


 幸いなことに衣服を身に纏うくらいの羞恥心は持ち合わせているようだ。

 もし銀河連邦に加盟すれば、いつまで経っても子ども扱いされるであろう。


 我にとっても幸運だった。

 ネオテニーのような見た目で、全裸徘徊ともなれば、彼らについて調査する前に心が死んでしまう。


 席の向かいでは、衣服を着たネオテニーが我に向けて何かを話しているが、翻訳機が電波から学習した言語とは異なるようだ。修正のためにどんどん話しかけてくれ。

 我は周りを観察し、どうやら話を聞いている間はなんとなく頭部を上下させておけばいいと学習する。


「というわけだ。そんなに気にするな」


 しばらく話を聞いている振りをしていると、ようやく翻訳機が正常動作を始める。


「せっかくの北海道出張なんだ。ほら、注文したいくら丼が来たぞ。今日は俺が奢ってやる。腹一杯食えよ。おかわりもいいぞ」


 ドンと目の前に置かれたのは、器に入った白い粒状の、蒸した穀物であろうものと、その上に大量に置かれた赤い小粒で光沢のある半透明の物体だった。


 食えよと言われたことからこれが食物であろうことはわかる。

 この惑星の知的生命の体だから、摂取することに問題はないはずだ。


 だが、これはなんだ?


 どうしても未知の食物に対する警戒が先に来る。


「どうした? いくら丼を注文したのはお前だろ。遠慮せずに食えって」


「いくら丼とはなんですか?」


 違和感を持たれるであろうとわかってはいたが、聞かずにはいられない。


「どうした? いくら丼はいくら丼だろうが。ははぁ? また変な病気が出たな? よし説明してやろう。いくら丼というのは、米の上にいくらを乗っけたものだ。酢飯だったりもするが、ここのは銀シャリだな」


 米というのは、この下部にある穀物のことだろう。

 それはさほど心配していない。

 穀物を蒸して食べるのはどの種族にもよくあることだ。


 我が黙っていると、ネオテニーが頭部を前肢で掻いた。


「はいはい。いくらってのはな、魚卵だ。鱒の魚卵もいくらというが、基本的に鮭の卵を処理したものだ」


「魚卵……」


 我は体の芯から寒気に襲われた。

 気温の話ではない。

 体温の話でもない。

 これは精神性の問題だ。


「つまり生き物の卵を食すということですか?」


「どうした? 急にヴィーガンに目覚めたか?」


「だって卵ですよ。これから生まれてくる命ですよ。どんな可能性だって持っている。この世でもっとも価値のあるものだ」


「でももう処理されてるし、こいつが孵ることはないぞ」


 我はハッとして周囲を見回した。

 目の前にある魚の卵が大量に載った容器を前にしている者が少なくない。

 どころか、彼らはそれを大量に口に入れて……咀嚼した。


 食った。

 生き物の、未来を、価値を、可能性を、なんの躊躇もなく、さも平然と、処理が済んでいるからと。


 それだけではない。

 建物の中には死が溢れていた。


 いくらという魚卵だけではない。魚介類を生きた姿のまま焼いたもの、あるいは切り分けたものが、どのネオテニーの前にも並んでいる。


 ここだけでどれだけの命が消費されているんだ。


「本当にヴィーガンになっちまったのか。そんなことある? 大体、ガチのヴィーガンだと食うもんなんてほとんどないぞ。動物性の食品を一切口にしないってことだろ。はは、俺たちは同じ人間以外、ほとんどなんでも食うからな」


 我は目の前が真っ暗になった。

 そしてあまりのショックに精神感応装置が緊急停止したのだとわかった。


 全身が冷たい。

 これは、恐怖だ。

 探知機が正しければ何十億ものネオテニーがこの星の上に存在している。


 我は慌ててこちらに向かっている本隊に向けて通信を開始する。


『大至急! 引き返せ! 今すぐに! この星の住民は危険。肉食。卵まで食う残忍性。銀河連邦の歴史上でも類を見ない危険な文化を持つ。危険種族リストへの記載を求む。要観察。だが担当者は心の強い者に限る』


 こうして一杯のいくら丼が地球を救った。

 あるいは人類は永遠に銀河連邦へ加入する未来を失った。

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