第10話 case 3-来世でも…
翌朝、アビゲイルは腰の痛みで目を覚ました。
「痛たたた、やっぱり昨日はしゃぎすぎたな」
「大丈夫ですか?かなり痛みますか?診療所もあるみたいだけど」
「いやいや、動けんほどではないよ」
「ならいいんですが…」
エヴァは心配そうにアビゲイルを目で追っていたが、部屋の中を歩いている様子を見て、少し心配が和らいだ。
「今日の朝食、楽しみだなぁ」
食欲もある様だ。
「着替えたら、行きましょうか」
2人は着替えを済ませ、Dデッキにあるダイニングルームへと向かった。
このダイニングルームも一等客専用で500席
あり、シルクのテーブルクロスやフランス王室のユリの紋章で飾られた椅子など非常に豪華に
趣味よく造られていた。
2人はフレンチトーストやワッフル、サラダにフルーツなど庶民的だが高クオリティの朝食を存分に味わい、その後コーヒーを楽しんでいた。
「さて、一服でもしに行こうかな」
「じゃあ私は昨日のデッキでまた小説でも読もうかしら」
昨日と同じ様にアビゲイルはAデッキの喫煙室へ、エヴァはプロムナードデッキで小説を楽しんだ。
アビゲイルが一服を終え戻って来ると、エヴァは車椅子から降りベンチに座っていた。
「ベンチの方が座り心地が良いかい?」
「いえいえ、そう言う訳ではないんだけど、
車椅子が壊れたみたいで…」
アビゲイルが車椅子を確認すると、タイヤがパンクしブレーキも壊れている様だった。
「さすがにパンクの修理はやってないなぁ、
これは部屋に置いて、杖を持って来るよ」
「ありがとうございます、もう少し小説を
楽しんでますね」
壊れた車椅子を押すアビゲイルの背中に手を
振ると、エヴァはまた小説へと目を戻した。
アビゲイルは杖を持って戻って来たが、エヴァは夢中で気付いていない。
少し間を空け隣に座ると、朝の海を楽しんだ。
「わっ!いつからいたの?」
少女の様に驚くエヴァは急に大きな声を出した事に恥ずかしくなり、右手で口を塞いだ。
「30分ぐらい前からだよ」
「声をかけて下さいよ」
「小説に夢中になっているようだったからね、私もこの大西洋を満喫していたよ」
ふとエヴァも海へ目をやった。
「穏やかで、綺麗な海ですね」
「見渡す限り海、本当にこのタイタニック号は優雅だよ」
海は静かで太陽の反射が眩しかった。大西洋を優々と進むタイタニック号からは波をかき分ける音さえも上品に聞こえてきた。
タイタニック号の中では様々なイベントが開催されており、ジャズやクラシックのオーケストラやショー、ハリスがプロデュースした演劇もあった。多種多様な娯楽があり暇を持て余す事は無かった。
毎日の様にフットレルやミレー、カールと顔を合わせ食事やお酒を酌み交わした。
こんなにも濃密で充実した日々を過ごすのは初めてであった。
4月14日、氷山への衝突1時間前…
「今日も少し飲み過ぎたかなハハハ」
「そうですねぇ、私もです。皆んな楽しい人ばかりなのでついついお酒も進みますねぇ」
「今日もカールは酔っ払ってたなぁハハハハ」
ウィリアムズは毎晩の様に酔っ払ったカールの介抱をしていた。
「ところで、今日の月はやたらと大きく見えましたねぇ」
「今日は確かスーパームーンの日だよ。月との距離が一番近いんだ」
アビゲイルは自慢そうに話した。
「へぇ〜、何でも詳しいですねぇ」
エヴァはおだて上手だ。
「さて、もうそろそろ寝るとするか。痛たたた」
「そうしましょう。それよりも腰大丈夫ですか?」
「痛みがとれるのに、まだ数日はかかりそうだなハハハハ」
そして、2人は明日を楽しみにし眠りについた。
エヴァは部屋の隅に引っ張られる様な感覚で目を覚ました。
大きく舵を切ったせいか、椅子も動き車椅子も倒れた。
その音でアビゲイルも目を覚ましたが、直ぐに眠りについた。
エヴァもあまり気にせずまた深い眠りについた。
また何かの物音で目を覚ましたエヴァは外が騒がしく、アビゲイルを直ぐに起こした。
「あなた、あなた外が騒がしい様なんですが」
「ん?ん〜」
アビゲイルはまだ酔いが覚めておらず、片目が開いていない。エヴァの様子がおかしい事は分かったアビゲイルは、無理矢理体を起こすと異変に気が付いた。
「やたらと騒がしいなぁ」
「そうなんですよ、こんな夜中にどうしたんですかねぇ」
「ちょっと様子を見てくるよ」
腰の痛みをなんとか振り切りベットから出ると、一旦背筋をグッと伸ばした。
その時、足のつま先まで激しい痛みが走り、
一瞬で足が痺れた。
「痛っ…」
動けない…と思ったアビゲイルは恐る恐る右足を前に出すと、何とか動いた。ただ、いつもの感覚ではなかった。それでもまず様子を確認しようとドアへ向かう。
ドアを開けると直ぐに異変に気付いた。
乗客が右往左往している。
慌てふためく人達に何が起きているのかを聞いたが、誰もアビゲイルの声に耳を傾けなかった。皆、状況が分からずパニックになっている。
足を引きずりながらもドアを出て左にある大階段へ向かっていると、階段を駆け降りる青年に向かって発砲音が聞こえた。
アビゲイルはこの混乱は銃乱射による物だと考え、直ぐに部屋に戻った。
「この部屋から出ない方がいい」
アビゲイルは部屋のドアの鍵を閉めながら
エヴァに伝えた。
「何が起きてるんですか?」
「銃を持った男がいる」
外の様子を伺っていたエヴァは杖を持ちドアの近くまで来ていたが、驚きと恐怖のあまり絶句しその場に座り込んでしまった。
アビゲイルは震えるエヴァの背中に上着をかけた。
「この部屋にいれば大丈夫、とりあえずベットまで行こう」
言う事がきかない足で何とかエヴァを立たせるとベットまで一歩一歩ゆっくりと進んでいた。
ガシャン!!
シャッターが閉まる様な音が聞こえた。少し不思議に思ったが、犯人がこちら側に来れないように乗員が閉めたのだと思った。
アビゲイルはずっとエヴァの背中をさすり
ながら「大丈夫だ」と声をかけ続けた。
暫くするともう銃声は聞こえず、騒がしかった外も静かになった。
アビゲイルが様子を見に行くため立とうとすると、エヴァが腕を掴み「ここにいて下さい」と震える声で言った。
どのくらいの時間が経っただろうか、2人は長い間ただただ静かに座っていた。
ガシャン!ガシャン!
シャッターを叩くような音が聞こえ、2人に緊張が走った。
「アビゲイルさーんっ!エヴァさーんっ!
アビゲイルさーんっ!エヴァさーんっ!」
酷く慌てた様子のカールの声であった。2人は声の主に気が付いたが、体が固まってしまって動けない。
「カール!カール!拳銃を持った男がいるぞ!気を付けろ」
アビゲイルは動けなかった為、とにかく大声を出しカールへ注意した。
カールはアビゲイルの言っている意味が分からず戸惑っている様子だ。
「アビゲイルさん!早く逃げないとっ!この船は沈んでしまう!」
「この船が沈む!?本当かカール、酔っ払ってるんじゃないのか」
「本当です!氷山に衝突したらしい!だから早く逃げないと!」
2人は顔を見合わせて少し考えた…
このタイタニック号が沈むとは考えられない…でもさすがにカールはこんな嘘をつかない…
ただ動けないことを伝えてしまうとカールは
この場から離れられない。
「分かった直ぐに逃げるから、カールもすぐに逃げてくれ」
「こっちはシャッターが閉まってるから、逆側に出て!廊下を真っ直ぐ行けば外に出られる扉があるからっ!ボートで待ってるよっ!」
カールは船外へ逃げる為のボートに一度乗り込んでいたが、アビゲイルとエヴァがいない事に気付き知らせに来てくれていた。
なかなか部屋から出て来ない2人を不思議には
思ったものの、シャッターが閉まっている
こちら側からは何も手伝える事がないと思い、カールはその場から立ち去った。
「カールあっちに行ったな」
「ええ、行きましたね。
あなた、動けますか?」
「いやぁ〜、それがさっきから動こうとしてるんだがずっと足が痺れているんだ…
杖はそこにあるから…エヴァ、君だけでも先に逃げてくれ」
「いやです。と言うか無理です。
あなたの手助けがないと、この揺れている
船内では動けません」
2人は何とか外に出ようとしたが無理だった…
ガゴゴゴゴォーン!!
海の上だが地響きと共に轟音が鳴り、部屋が傾いた。
2人はベットと共に部屋の隅へ落ちて行った。
更にゆっくりと傾くベットの上で2人は身を寄せ合い、お互いにしがみついている。
しだいに足元には海水が迫って来ている。もうどうする事も出来ない…
「カールは間に合っただろうか?」
「きっと大丈夫ですよ。彼は足が速いから」
「そうだな。カミラには会えたがジアナにも会いたかったなぁ」
「そうですねぇ。アイラにアイビー、サディにも会いたかったですねぇ」
「アリアとシャーロットがいれば大丈夫だろ」
「しっかりしてますからねぇ」
「ボスはジョージに任せておいて良かったな」
「ええ、ジョージさんなら安心です」
2人はもう助からない事を理解していた。
すでに体の半分が冷たい海水に浸かっていた。
「最後をあなたと迎えられて良かったです」
「私もだ、来世でもきっと一緒だな。このまま逝こう…」
「はい…」
2人は凍えた体を震わせながら、抱き合いタイタニック号と共に沈んでいった…
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