第7話 case 3-このチケット!
ボストンのミラー家では着々と準備が進められていた。
それぞれの家族が泊まれるように、部屋を片付け、掃除をした。もちろん、トイレもピカピカである。
「エヴァ、今日の昼食は外食にしようか。
そのついでに買い物に行こう」
「それじゃあ、駅の近くにパスタ屋さんが最近できたんですよ、そこにしましょうか」
2人はいつもの様に腕を組み、ゆっくりとした
ペースで出かけて行った。
2人が家に帰って来るまでに、何度も何度も
カミラとジアナから電話がかかってきていたが、2人が気付くはずもない。
帰宅は数時間後である。
「ヴォス、ヴォス」
ボスに出迎えられ、大きな買い物袋をいっぱいにした2人が帰宅した。
「ボス、おやつだ」
アビゲイルがジャーキーを1つ器に入れた。
「美味しいかい?ボス」
「ヴォス!ヴォス、ヴォスヴォスヴォス」
いつも食事中には答えないボスが答えた。
2人は少し違和感を覚えたが、あまり気に留め
なかった。
「さぁて、皆んなが帰って来る前に準備を始めようか」
「そうですね、新鮮で美味しそうなサーモンが沢山ありましたからね」
「ヴォスヴォスヴォス」
ボスは何かを訴えている様子だったので、
アビゲイルはもう1つジャーキーをあげた。
食事が仕上がり、サーモンのクリーム煮やピザにハンバーグ、ポテトのサラダがテーブルの上に所狭しと並べられていた。
「少し作り過ぎてしまいましたかねぇ?」
「いやいや、孫達も大きくなったんだ、
たくさん食べるよ。もう着く頃かな」
ジリリリリリリリリン… ジリリリリリリリリン
電話の音が部屋中に鳴り響き、アビゲイルが
電話を取った。
「おぉ、ジアナかっ、あぁ…、、そうか…、、それは仕方ないな…、ん?そうかそうか、
それは楽しみだな、分かったよ、それじゃあな」
電話を切ったアビゲイルは肩を落とした。
「何の電話だったんですか?」
ジリリリリリリリリン… ジリリリリリリリリン
立て続けに電話が鳴り響いた。
アビゲイルはエヴァに答える間もなく次の電話に出た。
「あぁカミラか、…それはいかんな…あぁ、
そうだなお大事に…ゆっくり休むように伝えてくれ、あぁジアナから聞いたよ、ありがとう。うん、それじゃあ、またな…」
「どうしたんですか?大丈夫なんですか?」
エヴァは事故でも起こしたのかと思ったのか、かなり心配した様子だった。
「ん?あぁ、カミラのとこもジアナのとこも
今日来れないそうだ…」
「え?全員ですか…」
「昼間に何度も電話してたみたいだが…
私達が出掛けてたからな…」
「ボスはそれを伝えようとしてたんですね」
「カミラのとこはアイラもアイビーも熱を出してしまったそうだ…
ジアナは急に仕事が入ったみたいでな…」
「そうですか…仕方ないですね…」
2人はテーブルに並べられた大量の食事を前に
立ち尽くしていた…
賑やかなテーブル上とは正反対に2人は沈んだ様に俯いていた…
「そう言えば、ジアナが退職祝いにと、何やらチケットを送ってくれたそうだ」
「何でしょうね、テニスの大会のチケットかしら」
エヴァはアビゲイルの気持ちを上げようと冗談混じりに、何とか明るい声をだした。
「ハハハハ、デビスカップじゃないだろうな」
アビゲイルもエヴァがこれ以上落ち込まないように、明るく返した。
「さあ、この大量の食事をどうするかだな。
ジョージにでも連絡してみるか」
「それがいいですね、まだ夕飯の準備をして
いないといいですが」
数年振りにミラー家全員が集まるはずだったアビゲイルの退職祝いの夜は、ジョージ夫妻との食事会へと変わった。
数日後…
ジアナからチケットが送られて来た。
封筒を開けると、そこにはボストンからイギリスのサウサンプトン行き、ニューヨークからボストン行きの航空チケットが入っていた。
「ん?航空チケット?」
「まずはここから、サウサンプトンへ行けと言う事ですかねぇ」
2人はソファに座りチケットを不思議そうに
眺めていた。
「他には何も入ってないですか?」
アビゲイルは再び封筒を手に取り、中をよく覗いてみると、封筒の奥に便箋が入っていた。
その便箋を取り出し中を開けると手紙と写真、そしてまた別のチケットが入っていた。
チケットと手紙を置き、まず写真を見た。
それはピアノの前でドレスを着たサディを
真ん中にジアナとシャーロットが笑顔で写っていた。
「ピアノの発表会だったんですかねぇ」
「サディ、大きくなったなぁ」
「そうですねぇ、可愛いドレスを着て」
「ジアナもシャーロットもいい笑顔だ」
2人はこないだ会えなかったサディに見惚れ、
目尻が下がりっぱなしで、暫くの間写真に
釘づけになっていた。
「そうそう、手紙も入ってたな」
アビゲイルは次に手紙を手に取った。
どうやら、サディからの手紙の様だ。
『おじい様、おばあ様へ
退職のお祝いに行けなくてごめんね、
久しぶりに会えるのを楽しみにしてたのに、
お父さんの仕事はいつも急に決まるの…
参観日も動物園も、私の誕生日パーティーの
時もそう。
お母さんからは「仕事を頑張ってくれてるん
だから、我慢しなさい」って言われるけど、
今度会ったら、お父さんを叱って下さい。
私は7歳になりました。
勉強も頑張ってるけど、今はピアノの方が
楽しいです。
2月にあった発表会で金賞を取る事が
出来たので、その時の写真を同封します。
チケットは今話題のサウサンプトンから
ニューヨークまでの船旅チケットです。
2人で優雅に楽しんでね。
ニューヨークの港で待ってます。 サディ
この手紙は当然シャーロットが内容を考え、
サディに書かせたものだが、アビゲイルと
エヴァは気づいていない…
無論、金賞もウソである。
「そうかぁ〜、サディももう7歳かぁ〜」
「金賞!凄いわぁ〜、よく頑張ったのね」
2人は乗船チケットよりも、孫の活躍に
喜んでいた。
「ジアナも仕事が大変そうだか、サディに言われたら今度叱らんとなぁ〜ハハハハハ」
「そうねぇ、シャーロットさんは理解がある人だから良いですが、他の人なら離婚されてますよ。それにサディが可哀想だわ」
「仕事もほどほどにせんとなぁハハハ」
「そうよぉ、ジアナったら本当にぃ、仕事も
大事ですが家族はもっと大切にしないと」
「その通りだな。そうだコーヒーでも飲もうか、少し落ち着こう」
「そうしましょう、美味しいケーキがあるんでしたねぇ」
イライラした気持ちを忘れようと、2人は今朝
買って来たケーキを食べながらコーヒーを飲み、サディの写真を眺めていた。
するとリビングで寝ていたボスが何かに反応し、玄関先へ向かい出した。
コンコン!
誰かが扉をノックした。
「私だ、ジョージだ」
「ヴォス!」
ボスはいつも美味しい物をくれるジョージにもとても懐いていた。
「おぉ、ジョージか、どうしたんだい?」
「こないだはどうもありがとう、エヴァの
クリーム煮は最高だったよハハハハ」
「いえいえ、お口に合ってよかったわ〜」
「それで、どうしたんだい?そんなに大きな
荷物を持って」
「親父がさぁ、これをアビゲイルにって」
「会長が?何を?」
ジョージが荷物に掛けていた布を取り、
アビゲイルの目の前にかざした。
それは金色の額縁に入れられた、1枚の大きな
絵画であった。
「こっ…これはっ…、、祭りの後…」
「まあ、これがあなたがよく言ってた
ミレーの?」
「あっ…あぁ、、、これを私に?」
「そうだよ、随分前の話だが、親父に話した事があるだろ?若い頃のエヴァに似てるから、
この絵が好きだって」
「あら、、、まあ、、、」
エヴァは顔が赤くなっている。
「親父からの退職祝いだそうだ」
「本当か?本当にこれを私に?、、、、、、、夢のようだ、、、、」
アビゲイルは嬉しさのあまり絵画から目を離せず、固まっていた。
「おいアビゲイル、どこに飾る?このまま
持って行くよ」
「あ…あぁ、そうだな、どこにしようか、、」
アビゲイルはリビングをぐるぐると見渡すと、
「そこの壁にかけてくれ、そこならテーブルからでもソファからでも見られる位置だ、すぐに釘を打つから待ってくれ」
絵画を飾り終えると、3人で[祭りの後]を眺めていた。
「私に似てますか?」
「あぁ、この横顔、若い頃にそっくりだよ」
「そう言われると、確かに似ているな」
「ジョージさんまで、、本当ですか?」
エヴァは嬉しくも恥ずかしくもあり、両手で
赤くなった頬を押さえていた。
「会長にはまたお礼を言いに行くよ。伝えて
おいてくれ」
「あぁ、伝えておくよ、いつでも来てくれ」
「ジョージさん、コーヒーでもどうですか?」
「こないだからご馳走様してもらってばかりだなぁ、でも頂きますハハハ」
「遠慮する仲でもないだろハハハハ」
3人はテーブルに着き、会話を弾ませていた。
アビゲイルはずっと絵画を見ながら会話に参加していた。
ふと、ジョージがテーブルの上に置かれた
チケットに気づいた。
「おっ、どこかに行くのか?」
「そうだった、忘れてた。息子からの退職祝いでね。何やら乗船チケットと言ってたが」
3人でチケットを確認すると、
「おいっ!このチケット!」
ジョージが最初に気づき、驚きのあまり
目を見開いていた。
「タイタニックだよっ!タイタニックの乗船チケットだよっ!しかも、一等客室っっっっ」
ジアナから送られて来たのは、当時大きな話題になっていた世界最大級の豪華客船である
タイタニックへの乗船チケットであった。
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