第133話 case 5-イギリスで一番安全運転

連絡を受けた家族たちが病院へ到着したのは、3時間後の事だった。


ジェーンの実家があるセント・オールバンズからケンブリッジまでは車で1時間半程度。


イギリスで一番安全運転だと思える程、ゆっくりとしたスピードの義父の運転を考えれば、連絡を受けた後すぐに出発したのは明らかだった。


不思議なのは、なぜジェーンが運転をして来なかったのかだが…


ジェーンは病院から連絡が来た時、実家には居なかったのだ。

いつ帰って来るか分からないジェーンを待たずに、置き手紙を残し義父母と子供たちはケンブリッジの病院へと向かった。



「パパ、大丈夫?」


皆んな心配そうだが、特に末っ子のティモシーは不安そうな表情だ。

点滴に繋がれたスティーヴンを見るとすぐに手を握った。


心配させまいとスティーヴンはいつもの笑顔だ。

この数時間で完全ではないものの、体調はかなり回復していた。しかし、心の整理はまだついていない…


スティーヴンのいつもの笑顔で安心したのも束の間、すぐに異変に気付く。


「パパ?…、…パパ?」


口は動いているが、声が聞こえない。

スティーヴンの手元には紙とペン。いつも論文を書いている姿を見ている子供たち。

違和感はないはず…それでも違和感しかなかった。


「ご家族の方ですか?別室で説明しますので、こちらへ」


その違和感を確認する前に、ロバートとルーシーはドクターと共に別室へと移動した。



、、、、、、


、、、、、、



説明を聞き終えた2人が病室に戻って来た。

ルーシーは病室に入るなり、状況を把握出来ていない祖母に泣きついた。

祖父母は戸惑った様子で、ロバートに説明を求めた。一度祖父母に視線を送るが、無言で笑顔のスティーヴンに近付く。


いつもの様に可愛く笑っているティモシーの頭を優しく撫でた時、ティモシーが持っていた紙を見せて来た。


「ほら見て、パパ、大丈夫だって」


そこには小刻みに震えた文字で「大丈夫」とだけ書かれていた。

険しかったロバートの表情は優しく変わり、


「生きてて良かったよ、なあ?ティモシー」

「うんっ、大丈夫、大丈夫」


にっこりと笑うティモシー。


ティモシーの笑顔がロバートの涙を止めていた。



ロバートが祖父母に現状を説明すると、声を失った事にショックを隠せなかった様だが、命に別状は無いと知り胸を撫で下ろした。


「パパ?今、体調は良い?」


ロバートがドクターにもらった“YES”、“NO”の紙を掲示すると、スティーヴンはゆっくりと“YES”を指した。


「一度、家に帰るけど、着替え以外で何か持って来る物ある?」


スティーヴンは“YES”を指すと、ペンを取り何かを書き出した。




“アーサーのカバン”?

「アーサーさんのカバンを持って来れば良いの?パパの部屋にある?」



“YES”を指す。


「どんなカバンかなぁ…、黒色?」



“NO”を指す。


「ん〜、じゃあ茶色?」



“YES”を指す。


「オッケー、じゃあすぐに持って来るよ」



そう言うと祖父母と子供たちは病院を後にした。


スティーヴンは一番気になっていたジェーンの事を聞けず、自分のコミュニケーションの遅さが歯痒く、それまでの笑顔は消えていた。



祖父の運転で家に向かう道中、ロバートは後部座席に座り、暗く沈んだ表情で見慣れた町を眺めていた…。




いつも寄る、教会近くのカフェが見えた。




「ママ?」


知らない男と楽しそうにコーヒーを飲んでいる…



イギリスで一番安全運転、一番ゆっくり走る車。



見間違えるはずもない…

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