ゲーム開発者の過労死転移! ゲーム知識とAIセレナの愛で最弱国家から覇権無双する

悠・A・ロッサ @GN契約作家

第1章 鉄血のバロン編

第1話 過労死して転移したら、理想の美女AIが実体化したんだが?

 モニターに映るスケジュール表は、地獄のように真っ赤に染まっていた。

 細かいマイルストーンが、ぎっしりと詰め込まれた工程表の中で、いくつもの締切が進行中から未達に変わっていく。警告色のアラートが、俺の脳をじわじわと締め付けた。


 蛍光灯が神経を嘲るようにチカチカと瞬き、網膜を刺した。

 オフィスには誰もいない。空調の唸りとキーボードの連打だけが、孤独な戦場を刻んでいた。


 背中は痛い。肩も首も限界だ。それでも手を止めることはできなかった。


(……もう、少し……あと少しだけ、持ってくれ……)


 血の気の引いた指先が、テンキーを打つリズムを失いはじめる。

 積み上がるタスク。消えないバグ。答えが出ない仕様変更。


 最後に思い浮かんだのは、俺が人生のすべてを注いできた戦闘シミュレーションゲーム――『戦律領域ラグランツァ』の世界だった。剣と魔法。幻想と戦略。そして、俺が設計した緻密な内政システムとAIによる戦闘アルゴリズム。

 あの世界にもう一度入れたなら……俺は……。


 ――そこが、俺の意識の終点だった。


***


 肌を撫でたのは、石の冷気だった。見上げれば、彫刻を刻まれた重厚な天井――。


 厚く織られたカーテンの隙間から、柔らかい朝の光が差し込んでいる。

 書き物机は黒檀製、上には革の帳簿や封蝋付きの文書が積まれていて、窓の外には整石畳の城下町が広がっていた。


(……ここは……?)


 ゆっくりと周囲を見回す。荘厳な天井の彫刻、鎧立て、壁に掛けられた地図。すべてに見覚えがあった。


(嘘だろ……この執務室……俺が作った、ゲームのやつじゃねぇか)


 思わず立ち上がり、部屋の片隅に置かれていた銀製の水差しに駆け寄る。そっと手に取って表面を覗き込むと、そこには……。


 見慣れた顔が映っていた。


 整ってはいるが、冴えない会社員時代の俺の顔。そのまま。

 だが、身に着けているのは重厚な刺繍が施されたこの世界風の領主服で、見覚えのあるスーツではない。


 違和感のある一致感。それが一層、現実味を失わせていた。


(……顔は変わってない。これは……ゲーム内世界への転移?)


 水差しに映る顔は、疲れ切った俺そのもの。

目の下のクマと細かい皺が、あの地獄のオフィスを思い出させた。


真っ赤なスケジュール表、チカチカする蛍光灯、終わらないタスク。


(もう二度と、あの孤独な戦場には戻りたくねぇ)

(ここなら……違う人生を生きられる)


 胸の奥で何かが熱くなった。『戦律領域ラグランツァ』は俺が全てを注いだ世界だ。社畜だった俺でも、ここでは開発者の知識で勝負できる。どんな最弱国家でも、俺がルールを変えてやる。


 その時だった。


『――ようこそ、マスター。チュートリアルを開始します』


 空間に響いたのは、涼やかでありながら落ち着きのある女性の声だった。

 このゲームのチュートリアルAIユニットの音声に、間違いない。


「……チュートリアルは要らん。俺は開発者だ。一般プレイヤー向けの説明は飛ばせ」


 わずかな沈黙ののち、声が応じた。


『了解しました。チュートリアルをスキップ。――上級者モードを起動。マスター専用サポートAIユニット セレナを現実体化します』


 空間が震え、淡い光が渦を巻くようにして一点に集まり、やがて人の形を取った。

 現れたのは、長いピンク色の髪に透き通るような白い肌、そしてどこか寂しげで、優しさを湛えた琥珀色の瞳をたたえた、まさに理想を具現化したような美女だった。


(……やべぇ、これ……俺の夢、全部乗せかよ……)


 美しい……だけじゃない。色香と気品、柔らかさと機械的な完璧さ、そのすべてを高次元で両立させた存在でありながら、どこか儚く、守ってやりたくなるような雰囲気すら纏っていた。

 長く伸びた睫毛に、小さく微笑む唇。その肢体は、優雅と機械的な完璧さを同時に映した。視線を奪うというより、設計図通りに心を支配する美。


 布の上からでも明らかにわかる圧倒的なボリューム感。控えめなドレスのデザインが、逆にそれを強調していた。


(……って、なんで美女!?)


 俺は頭を抱えかけて、思い出す。

 そうだ。開発末期、徹夜明けのテンションで作っていたんだ。


「上級者向けのチュートリアルナビの見た目、俺の好みにしていいっすか?」って。


 プロジェクトメンバーも疲れ切っていて、「もうなんでもいいから終わらせて」と言われた気がする。


「……お前か。俺が作った、AIユニット“セレナ”だな?」


『はい。チュートリアルAIユニット・セレナ。マスターの設計に従い、視覚的快適性を最適化した外見で生成されています』


 女神のような笑みを浮かべたAIは、わずかに首を傾げた。


『私の姿は……お気に召しましたか?』

「まあな。少なくとも、真っ黒なポップアップウィンドウよりは100倍マシだ」


 とはいえ、目のやり場に困る美貌とプロポーションだ。


 ふと、ある仕様のことを思い出す。

AIナビの隠しパラメータ——好感度。


(……そういえば、開発終盤にこっそり実装したんだよな)


 表向きは存在しないとされていた裏ステータス。条件を満たすと、会話が変わったり、思わぬ反応が返ってきたりするはずだ。好感度上昇によってイベントが発生し、最高値になると裏ルートが解放される。


(まさか……あれも残ってたりするのか?)


 セレナの表情が、ふいに変わった。


 眉がわずかに寄せられ、潤んだ瞳が俺を見つめる。

 頬はほんのりと上気し、指先が胸元の装飾をいじるようにくねる。

 ――この動き、この表情。まさか……。


(……好感度、大幅上昇時の――差分……!)


そういえば、上級者モードを選んだときにだけ発動する隠しフラグがあった。

それがONになると、通常の好感度上昇を一気に飛び越えて大幅上昇差分が走り、セレナが本能的に色仕掛けをしてしまう――開発時代にネタで仕込んだ非公開仕様だ。

 正式リリースでは削除されたはずの、それが今――


(……当時の俺、グッジョブ)


 思わず心の中で拳を握る。

 隠しフラグがここで生きるとは――過去の自分を褒めたい。


『チュートリアルをスキップ――上級者モード、起動完了。ようこそ、“マスター専用モード”へ。ゲームを開始します』


 その声音すら、どこか熱を帯びていた。


 ……直後、空間に五つの王国の紋章が浮かび上がった。


 それぞれに色彩や地形、産業の特色が添えられている。通常なら、ここで好きな国を選んで始める仕様だ。


(国選択か……開発時、確かにチュートリアルスキップでも強制的に振り分けられるって仕様にした記憶が……)


 その中で、俺の身体があったのは——最も地味で、最弱とされる国。


『中原王国 イシュアス』。


 防衛しづらい地形で初期資源が少なく、軍事力も防衛力も上げづらい。ゲーム内でも「リセマラ対象」として有名だったはずだ。


「おいおい……これ、普通のプレイヤーならリセット案件だろ」


 思わず額を押さえたが、セレナの声がそれを遮る。


『イシュアスは、序盤の成長曲線は極めて鈍いですが……技術開発を進めた場合、地下鉱脈資源の発見確率が飛躍的に上昇します』


「……え?」


『マスターが設計した通りの仕様です。鉱物資源、特に魔導鉱・希少金属の産出は、後半において国家戦略を左右する強力な要素となります』


 俺は思わず笑った。


「なるほど……開発者のくせにすっかり忘れてた。地味な初期国を後半で化けさせる、あの仕様。まさか自分が引くとは……運がいいのか悪いのか」


『運は補正できます。適切な戦略があれば』


「だろ? だったら、やってやろうじゃないか」


「この最弱国家で、サーバーを制覇する。悪くないスタートだな」


 そう言って前を向いた俺の横顔を――

 セレナが、熱っぽく見つめていた。


***


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