第1話 『四畳半のはずが』⑨エピローグ
三ヶ月後。令和七年七月一日。
解体業者の山田は、コーポ青葉の前で首を傾げていた。
「おかしいな。図面と違う」
建物は外から見ると二階建て、八部屋のはずだった。だが、重量計測の結果が合わない。まるで中に、もっと多くの部屋があるかのような数値。
「とりあえず、内部確認しましょう」
作業員たちが中に入った瞬間、全員が立ち尽くした。
廊下が、延々と続いている。
八部屋のはずが、ドアが二十、三十、いや数え切れないほど並んでいる。そして全てのドアに表札がある。
『201号室』『201-2号室』『201-3号室』『201-3-b号室』……
番号が、無限に枝分かれしている。
「人が、いる……」
若い作業員が震え声で言った。
ドアの隙間から、生活音が聞こえる。テレビの音、話し声、足音。全ての部屋に、人が住んでいる気配がする。
山田は、恐る恐る『201-7-f-3号室』をノックした。
「はーい」
ドアが開いた。そこには、普通の主婦が立っていた。エプロンを着けて、夕飯の支度中らしい。
「あの、ここに、いつから……」
「先月引っ越してきました。家賃が安くて」
主婦の後ろに、四畳半の部屋が見える。いや、よく見ると三畳しかない。
「ところで」
主婦が微笑んだ。
「半畳、お譲りしますよ。私、もう慣れましたから」
山田は逃げるように建物を出た。すぐに市役所に連絡する。
その日の午後、市の職員、警察、消防が集まった。建物の調査が始まる。
結果は、誰も信じなかった。
コーポ青葉の中には、三百七十二部屋が存在していた。
そして、その全てに住人がいた。
住人たちは、皆同じことを言う。
「先月入居しました」
「格安物件で」
「ただ、少し狭いんです」
部屋の広さは、まちまちだった。四畳半、三畳、二畳、一畳、半畳。中には、四分の一畳という、座ることしかできない部屋まであった。
夕方、俺は病院のベッドでニュースを見ていた。
『異常な構造のアパート発見。内部に370室以上』
看護師が、検温に来た。
「あら、顔色が良くなりましたね」
三ヶ月前、俺は二〇一号室で意識を失った状態で発見された。以来、ずっと入院している。体は回復したが、奇妙な症状が残っている。
夜になると、体が透ける。
「今日も、泊まりの方が?」
看護師が、俺のベッド脇の椅子を見た。誰もいない。でも俺には見える。半透明の男性が座っている。隣室の、あの眼鏡の男性だ。
「ええ、友人が」
看護師は不思議そうな顔をしたが、何も言わずに出ていった。
「ニュース、見たか」
男性が言う。その声も、半分しか聞こえない。
「部屋が、増殖してる」
「田所さんは?」
「まだ、あの中にいる。もう部屋と一体化してるって」
窓の外を見る。遠くに、コーポ青葉が見える。
解体は中止になった。住人の退去も進まない。皆、「ここしか住む場所がない」と言う。
俺のスマホが震えた。
見覚えのない番号からメッセージ。
『お部屋、空きました』
添付された間取り図。
それは、ゼロ畳の部屋だった。
存在しない部屋。でも、確かにそこにある。
『家賃無料』
『入居者は、物理法則から解放されます』
男性と目が合った。
「行くか?」
「まだ、決めてない」
でも、俺たちは知っている。
いずれ、体が完全に透明になったとき。
存在しない部屋でしか、存在できなくなることを。
コーポ青葉は、今も建っている。
そして今夜も、新しい部屋が生まれている。
(完)
間取り怪談 消えた部屋の秘密 ――あなたの家にも“余白”はありますか? ソコニ @mi33x
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます