第1話 『四畳半のはずが』④
翌朝、俺は大学を休んで市立図書館に向かった。
二十年分の新聞記事、住宅情報誌、そして市の住民記録。調べられるものは全て調べる。司書の女性が心配そうに見ていたが、構っている場合じゃない。
最初の失踪者は、二十年前の女子大生・相沢美咲。新聞記事には顔写真が載っていた。次は三年後のサラリーマン・田中浩二。その後も二、三年おきに、決まって二〇一号室の住人が消えている。
全部で六人。俺で七人目。
奇妙なことに気づいた。失踪時期にはパターンがある。
『入居から約一ヶ月後の、月の変わり目』
相沢美咲:四月二十九日入居→五月三十一日失踪
田中浩二:九月三日入居→九月三十日失踪
今日は三月二十八日。俺が入居したのは三月一日。
あと三日しかない。
震える手でページをめくっていると、一枚の写真が挟まっていた。コーポ青葉の住人の集合写真。平成十七年の夏祭りと書いてある。
その中に、見覚えのある顔があった。
田所さんだ。ただし、今より若い。そして隣に女性が立っている。よく見ると、相沢美咲に似ているが……違う。もっと年上だ。
写真の裏にメモがあった。
『田所健一・房江夫妻』
田所さんには奥さんがいたのか。だが、今は一人暮らしのはずだ。
図書館のパソコンで、田所房江を検索する。すると一件だけヒットした。
『昭和五十八年、失踪』
二〇一号室の改装工事の、一年前だった。
午後、俺はアパートの元住人を探し出した。五年前まで一〇三号室にいた老女が、近所の老人ホームにいることを突き止めたのだ。
「二〇一号室? ああ、あの部屋ね」
老女は震え声で語り始めた。
「元々は田所さんの奥さんが使ってた部屋なのよ。裁縫部屋だったかしら」
「裁縫部屋が、賃貸に?」
「奥さんがいなくなってから、田所さんが改装したの。でもね、おかしなことがあってね」
老女は声を潜めた。
「改装工事の業者が、壁の中から大量の髪の毛を見つけたって。女の人の長い髪の毛。それも、まだ新しい」
「新しい?」
「そう。まるで最近まで、誰かがそこにいたみたいだって」
帰り道、俺は写真を見返していた。フラッシュで撮影した、壁の向こうの部屋。
よく見ると、写っている女性の服装が現代的だ。二十年前の女子大生にしては新しすぎる。そして、顔が……
拡大する。ピンボケしているが、確かに俺の顔だ。ただし、髪が長い。女性化した俺の顔。
スマホが震えた。隣室の男性からのメールだった。
『緊急。すぐ会いたい』
急いでアパートに戻ると、男性が青い顔で待っていた。手には分厚いファイルを抱えている。
「過去の住人の写真、全部集めました」
ファイルを開く。そこには失踪者六人全員の、失踪直前の写真があった。全て、壁の前で撮影されている。
「これ、見てください」
男性が写真を並べる。一人目、二人目、三人目……
全員の顔が、少しずつ変化している。
女性は男性的に、男性は女性的に。そして全員、最後の写真では同じ顔になっていた。
髪の長い、性別不明の顔。
「これ、田所さんの奥さんです」
男性が古い写真を取り出す。田所房江の顔写真。
確かに、失踪者全員の最後の顔と同じだった。
「部屋が、住人を作り変えてるんです。田所房江に」
その時、天井から音がした。
ドン、ドン、ドン。
管理人室の方向から、何かを引きずる音が聞こえてくる。
**次話**
田所さんの部屋を訪ねると、そこには驚愕の光景が。壁一面に貼られた「二〇一号室」の間取り図。そしてその全てに、赤いペンで「もうすぐ完成」と書かれていた……。
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