第1話 『四畳半のはずが』②




その夜、俺は寝られなかった。


「四畳半の、残りの部分」


あの言葉が頭から離れない。布団の中で身を固くしながら、壁を見つめる。古びた石膏ボードには、ところどころ茶色いシミが浮いていた。


午前二時十三分。


ズル……ズル……


また始まった。今度は音に集中する。畳を這うような音は、一定のリズムで左から右へ、そしてまた左へ。まるで何かを探しているような——


俺は意を決して、スマホのライトを壁に向けた。そして録音アプリを起動する。証拠を残さなければ、誰も信じてくれない。


『録音中』の赤い表示を見つめながら、壁に近づく。


トン。


向こうから壁を叩く音。今度は俺からは叩かない。すると——


トン、トン。


二回。


トン、トン、トン。


三回。回数が増えていく。まるで、こちらの反応を待っているかのように。


「……誰ですか」


思わず声が出た。録音には俺の震え声が記録されているだろう。恥ずかしいが、もう見栄を張っている場合じゃない。


返事はなかった。代わりに、壁の表面がかすかに震えた。内側から押されているような——


翌朝、俺はホームセンターでメジャーを新しく買った。昨日の測定が間違いであってほしい。部屋に戻り、もう一度慎重に測る。


縦:二七〇センチ。これは正しい。

横:二四〇センチ。やはり三十センチ足りない。


畳の枚数を数え直す。一、二、三、四……そして半分。確かに四畳半の畳がある。だが、畳自体のサイズがおかしい。通常九〇センチ×一八〇センチの畳が、この部屋では九〇センチ×一六〇センチしかない。


「畳が……縮んでる?」


いや、違う。よく見ると、壁際の畳だけが妙に短い。まるで壁に食い込まれたように。


俺は膝をついて、畳と壁の境目を観察した。指で撫でると、わずかな隙間がある。その隙間に定規を差し込んでみる。


スッと入った。予想以上に深く。


定規の目盛りを見る。十五センチ。壁の向こうに、少なくとも十五センチの空間がある。


背筋が凍った。


建築の知識はないが、普通の壁の厚さは十センチ程度のはずだ。つまり、この壁の向こうには——


ゴトン。


突然、壁の中から物音がした。何かが落ちたような音。続いて、カサカサという紙の擦れる音。


俺は録音を続けながら、必死にメモを取る。


『PM2:13 - 這う音

AM7:45 - 落下音

紙の音?

壁の厚さ25cm以上』


ふと、昨夜の録音を確認する。再生ボタンを押すと、自分の震え声が聞こえてきた。


『……誰ですか』


その後の無音部分。だが、音量を最大にして聴き直すと——


『もう少し……もう少しで……』


女の声が、確かに入っていた。


何がもう少しなのか。


俺は壁を見つめた。昼間の光の中でも、あのシミが不気味に見える。よく見ると、シミの形が人の手のようにも——


その時、気づいてしまった。


シミの位置が、昨日と違う。


確実に、俺の布団のほうへ、近づいている。




次話**

恐怖に耐えきれなくなった主人公は、アパートの過去を調べることを決意。図書館で古い新聞を漁ると、二十年前の記事に「コーポ青葉201号室、女子大生失踪」の見出しを見つける……。

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