第11話 正解は?
緊張をはらんだ平日が過ぎ、土曜日を迎えた。
「ここか」
「はい。ここです」
宮沢が腕組みをしてリーゼントの先っちょを上に向けた。
「えっと。彼女にビーストかどうか、確かめるんだよな?」
「そうするつもりです」
今日の友斗は黒い半袖の襟つきシャツの下に稲妻のマークがプリントされた半袖Tシャツを着て、黒いカーゴパンツと学校指定の運動靴を履いている。
対する宮沢は「生涯現役」と達筆が背中に躍る半袖Tシャツにジーンズ、足元はスニーカーだ。
「なになに? いきなり聞いちゃうわけ?」
「いや。自分の気持ちを伝えてからにします」
宮沢の心の琴線がびいんと鳴る。
(こんなときめきは久しぶりだぜ。やっぱ、若いってのはイイねえ)
「もしかしてもしかして、好き、って言っちゃうのか」
「言っちゃいます」
友斗の頬がほてる。
「って、何、言わせんですかっ」
大声を出す友斗に目尻を下げる宮沢である。
「こっそり見守ってて、いい?」
「怪しまれたらどうするんですか?」
「そこはさ、ホラ、うまく柱に同化するもんね」
友斗はひたいに手を当て、下を向く。
「マジでそんなこと言ってるんですか」
「だってさぁ、俺、友斗の保護者じゃん? 友斗になんかあったら
宮沢は十代の少年少女の恋バナにすっかりうきうきしている。
「そんなのんきな話じゃないんですよ?」
「わかってる、わかってるって」
「いや、わかってないでしょ」
友斗はシャツの前立てを両手でぴんと引っ張ってから、ドアの取っ手に向き直る。
「とりあえず、いってきます」
「おう、いってこい!」
深呼吸を二回して、友斗はドアを開けた。
「こんにちは」
「はあい」
明るい声と表情で
友斗は力ずくで笑い、和奏に告げた。
「親戚の太一おじさん。ライブとか好きなんで、一緒に来た」
「どうも~、太一でぇ~っす。ヨロシク!」
ひたいに指二本を揃え、ぴっと振る。
和奏もはっとして笑顔を作り、ひたいに指二本を構え、ぴっと振った。
「どうもー! 和奏でーす! こちらこそ、よろしくでーす!」
「和奏ちゃあん、うちの甥っ子がお世話になってるねえ! ありがとう! ところでさ、この髪型、何て言うか、知ってる?」
「もちのろーん! 正解はぁ~」
和奏は人差し指をびしりと突きつけ、ドヤ顔で答える。
「リーゼント!」
宮沢が両腕を頭上に上げて大きなマルを作った。
「ピンポンピンポーン! 大・正・解!」
「やったぁー!」
和奏が拳を突き上げて喜ぶ。
友斗一人が笑っていない。
(和奏に聞かなきゃ。ビーストか、そうでないのか)
難しい顔をした友斗に和奏が優しくたずねる。
「友斗、どした? 何かあった?」
もう笑えない。友斗は口を引き結ぶ。意を決して顔を上げ、和奏に切り出した。
「聞きたいことがあるんだ」
その表情に、和奏も察した。宮沢も笑いをおさめる。
「何を聞きたいの」
「俺、外に出てまぁ~っす」
宮沢がそろりと店の外に出る。出るふりをして、四角い大きな柱の陰に身をひそめる。
(がんばれ友斗! 宮沢のおっちゃんは、ここから見守ってるぜい!)
柱と同化したらしい宮沢はいるものの、とりあえず二人きりになった。店内は薄暗い。バーカウンターも、ステージも、フロアも照明も、まだ静かに眠っている。食べ物や飲み物、化粧や楽器のにおいもしない。
友斗はまっすぐに和奏の目を見た。
和奏も友斗をまっすぐに見る。
「
「あともう少しで来るよ」
心臓のあたりがもやもやすると同時に、鋭くとがる何かをはらんでいる。それを感じながら友斗は口を開いた。
「和奏はさ、いつからそんなに歌がうまいの」
大きな目を見開き、そのあとすぐに口を大きく開けて和奏は笑った。
「なあんだ、そんなこと?」
「練習してたの。いつから歌ってるの」
「小学校の頃からだよ。あたし、ピアノ習ってたの。そこでソルフェージュって言って、先生のピアノに合わせてドレミで歌うのもやってた」
「すげえ。ピアノ、弾けるんだ」
「もちろん。中学二年でやめたけどね」
(中学二年。今の俺と同じだ)
友斗は思い出す。中学二年で和奏は両親と死に別れた。
「何かあったの」
和奏が薄く笑う。小さな顔に一瞬、通り過ぎる車のライトのように皮肉が走った。
「父さんと母さんが交通事故で死んだの。習い事どころじゃなくなっちゃって」
「その事故、どんな事故だった?」
「高速道路で暴走族に接触された。うちの車も暴走族のバイクも壁に当たって壊れた。バイクに乗ってた二人は即死。うちの親は二人とも病院で死んだ」
「じゃあ、それからは、ずっと、京介さんと二人暮らし?」
「そうだよ。でも、交通事故の遺児って手当がたくさんあるし、父さんと母さんが遺してくれたお金もあるから生活には困らなかったけど」
「他にも困ったことが、あった?」
口にして、友斗は和奏をうかがう。まるで組手をする時のような緊張がただよう。
大きな目がすっと細められる。
さっきまで宮沢と笑っていた時の彼女ではない。
ステージの上で歌い、客を盛り上げる彼女でもない。
友斗の背筋を寒気がゆっくりと上ってゆく。恐怖に侵食されないように爪が食い込むほど拳を握りしめた。
(落ち着け。負けるな。聞き出すんだ。聞き出して)
和奏を助ける。
もしビーストであったなら、やめさせる。
なぜか?
「和奏。好きだよ」
返事の代わりに冷たい視線が友斗の頬を撫でる。
(おおう、ついに告りましたああ)
柱の陰で宮沢が身もだえる。
「好きだから、ちゃんと話す。俺んちも父ちゃんがいないんだ」
「死んだの」
「逃げた。だから離婚したんだ」
「じゃ、お母さん一人?」
「そう」
「で?」
友斗はもう一度深呼吸した。
「あのさ」
組手を始める時と同じ胸の高ぶりを感じながら問う。
「ビーストって知ってる?」
妙なる歌声をつむぎ出す口の端が上がった。
「知ってるよ」
店に入った時から、スマホは録画状態だ。つまり、これまでした会話はすべて録音してある。友斗の判断だった。
「復讐をする連中なんだって」
「『野獣』って意味じゃないんだね」
「このライブハウスも『ビースト』って名前だよね」
「よくわかったじゃん」
「スペイン語でしょ」
「大・正・解」
残忍な目をしたまま和奏は両腕を頭上に上げて大きなマルを作る。
「ここまで聞いたら、俺が何を聞きたいか、わかったんじゃない?」
「わかるよ」
手を開いて友斗は和奏に視線を当てた。
「和奏は、ビーストなのか」
(どストレート投げましたぁ!)
柱に身を隠しつつも声に出さず実況する宮沢である。
(おっと、こうしちゃいられないぞ。何か起きたら俺様、スクランブルしなきゃ)
汗をかいた手のひらをジーンズにこすりつける。
目から残忍さをぬぐい捨て、和奏がにんまりと笑う。
「ビースト」
友斗が息をのむ。
和奏が目を細めて顎を上げ、ははっ、と笑う。
体じゅうに力が入ったまま、友斗の目は和奏にくぎづけになる。和奏はそんな友斗をあざ笑うかのようにくるりと背を向け、ステージに向かって歩を進める。
「だと思う? じゃないと思う?」
背中で問われ、友斗の頭の中はごちゃごちゃになる。
(なんだあ、あの娘っ子? 友斗をもてあそんでいやがるのか?)
宮沢は思わず柱から体半分出して見入ってしまう。
「和奏」
悲痛な呼び声に振り向きもせず、和奏はステージに立つ。アンプや機材が城壁のように彼女と友斗を隔てる。その城壁の向こうで、彼女は友斗に体を向けた。
「どっちか答えなきゃ、あたしを離してくれない感じ?」
「ビーストでもそうじゃなくても、俺は和奏が好きだ」
「んじゃ、答えるよ」
和奏がマイクを取って口もとに構える。まだスイッチは入っていない。
「あたしはビースト」
ドレミファソラシドの音階に乗せて復讐の歌姫が正体を明かした。
友斗は和奏に視線ですがりつく。
その視線を切って捨てるように、和奏はマイクをスタンドに戻した。
「あたしのこと、好きなんだ。でも、あいにくと、あたしは別に、友斗のことはどうでもいいんだよね」
友斗は膝から床に崩れ落ちる。
「なんで?」
友斗のまばたきできない目に光るものがにじむ。
和奏は首を一回下に振ってすぐ起こした。その目は夜の空高く冴える月のようだ。
「友斗はいずれあたしがとどめを刺すはずだったから」
「とどめ?」
「依頼が来てるの。あんたをやってくれって。ほんとはあとでやるはずだったけど、やっぱり今やるわ」
もやがかかったような頭の中でひとつ、光る記憶があった。まだ暴走族『テンペスト』の一員として特攻服を着て、先輩たちとバイクに乗ったり、強盗をはたらいていた記憶だ。
「まさか、和奏、俺のこと、知ってたのか?」
「暴走族にいたんでしょ。テンペスト」
一瞬、友斗は、何も聞こえなくなった。
かまわず和奏は続ける。
「その時にさ、他の暴走族から、お金とかまきあげたんでしょ。そうされた一人がさ、あたしたちに依頼してきたわけ。あんたに近づいたのはそのため」
宮沢は柱にかじりつくようにして二人を見守りながらこそっとジーンズからスマホを取り出す。
(やべえぞこれは。余田っちらに連絡しねえと)
柱に隠れてしゃがみ、せっせと文字を入力する。打っては友斗と和奏をうかがう。
〈わかなはビーストだ。今、ゆうとと直接対決? なう〉
「だって、あんなに、仲良かったじゃん、俺たち」
友斗の涙声が暗い店内に響き、はね返った。
「あんたをやるのに刃物はいらないね」
和奏の声は極寒の地から吹く雪交じりの烈風のように友斗を打ちのめした。
「あたしが『嫌い』って言えば、あんたは死ぬんだから」
友斗が泣き叫び、フロアを拳で打った。
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