借金バリューバトル開幕

「ねぇ、バリューバトルの件だけど、

具体的にどうやって勝つの?」


「俺達は敵の弱点が見える。

あんたの借金が見えたのもその為だ」


「勇者の“真贋”と同じ力ね」


「同じにしないでよ。

私は世界中のすべての弱点が見えるんだから」


ナナが口を挟んでくる。


「そうなのか?」


「ミチルも気づきなさいよ。鈍感男」


リサの部屋は、夜逃げ寸前の空気が漂っていた。


カーテンは外れかけ、冷蔵庫は空っぽ。


でも、パンとニンジンがあるだけで、

今は十分腹が膨れた。


シルクがソファに座りながら、

尻尾をふさふさと揺らしている。


「……ミチル、借金減ったから、

ナナの毛並みも良くなったよ」


見て見てとばかりに、

スマホの画面が勝手にポップする。


「それ、進化の方向性間違ってない?」


「バリューバトルは地下闘技場で行われてる。

価値を数値化してぶつけ合う、いわば“価値の格闘技”よ」


「勝てばどうなる?」


「借金が減る。価値が増える。

でも、負ければ――価値を“喰われる”」


ナナが静かに言った。


「つまり、価値狩りの合法版ってことだね」


リサが頷く。


「勇者パーティーは、たまに“価値の審判”をしてる。

でも、あいつらの価値は偽装されてる。

私が騙されたのも、それが理由」


「……俺たちの価値は、まだ“本物”じゃない。

でも、弱点が見えるなら――勝てるかもしれない」


ナナが小さく微笑む。


「ミチル、次の進化条件、わかったよ」


「なんだ?」


「“他人の価値を守る”こと。

それができれば、ナナは“神格”に近づける」


リサが立ち上がる。


「じゃあ、行こうか。

価値を喰う連中に、価値を語る者の力を見せてやろう」


リサに案内され、俺たちは廃墟の奥にある鉄扉の前に立っていた。


扉には、錆びたプレートが打ち付けられている。


《価値闘争管理局:登録者以外立入禁止》


ナナが小声で言う。


「……ここ、空気が重い。価値が、濁ってる」


「濁ってる?」


「うん。観客の“欲望”が、価値を歪ませてる。

――聞こえる? あのざわめき、酒の臭い、汗の熱気」


リサが扉を開ける。


ギィィ……と金属の軋みが響き、

中は地下とは思えないほど広い空間が広がる。


観客席のざわめきが波のように押し寄せ、

照明の赤い光がリングを血のように染める。


中央には巨大なスクリーンが浮かび、

観客たちが酒をあおり、金貨を握りしめ、

次の試合を待ちわびている。


――その視線が、飢えた獣のように俺たちを舐め回す。


「ようこそ、借金返済者ご一行!」


派手な燕尾服の司会者が、マイク越しに叫ぶ。


観客の歓声が、耳を劈く。


「本当に大丈夫なんだろうな……!」


借金を背負ったばかりのリサが、不安げに囁く。


だがミチルは余裕の笑みを浮かべていた。


「問題ねぇ。俺の実力を見せるだけだ」


「いや、問題しかないだろ……」


《本日のバリューバトル:第7試合》


《挑戦者:ミチル/残価:返済不能。契約魔獣:シルク》


《対戦者:ギルド所属・価値武闘家“グラン”》


「……いきなり強そうなの来たな」


リサが苦笑する。


「グランは“価値吸収型”。

相手の価値を喰って強くなるタイプよ」


ナナがスマホを操作する。


《敵情報:グラン》

価値残高:+1,520,000

吸収特性:接触型

弱点:マイナス思考/武道家の挫折


「……ミチル、ナナの新機能使えるよ」


「また増えたのかよ!?」


「“価値逆流リバース”。

吸収型に対して、逆に価値を流し込める」


スマホの画面が青く光り、

グランのシルエットに赤い弱点ラインが浮かぶ。


「それ、借金押し付けるってこと?」


「違う違う! “想い”を流し込むの!

グランの“挫折の闇”に、ミチルの“守る想い”をぶつけるんだよ」


リングに上がると、グランがこちらを見た。


筋肉質の巨体に、傷だらけのグローブをはめ、

背中のタトゥーが吸収の渦のようにうごめく。


観客の歓声が沸き起こる。


「残価返済不能って生きる価値なしだな。

クズめ、俺が引導を渡してやろう」


グランの声がリングに低く響く。

――その目が、俺の残価を貪るように光る。


俺はスマホを握りしめ、笑みを深めた。


「おいおい、挫折の匂いがプンプンするぜ。

――お前の弱点、全部見えてんだよ」


観客席がざわつき、司会者の声が割って入る。


「さあ、試合開始のゴング!

価値の饗宴が、今、始まる!」

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