スマホが、俺の価値を告げた。

《残価：−100,000,000》

崩れかけたショッピングモールの屋上で、

俺はその数字を睨みつけた。

画面の真ん中で、太い字が冷たく点滅している。

……笑える。

俺の人生の“価値”は、とうにゼロを切ってるらしい。

「……ま、知ってたけどな」

そのとき、スマホのカメラが勝手に起動した。

指も触れてないのに、レンズがひとりで動き出す。

カシャッ。

微かな電子音が、静かな屋上に響く。

「おいおい、勝手に撮るなよ……」

次の瞬間、画面の向こうで光の粒が集まりはじめた。

ふわり、ふわりと漂って、やがて輪郭を持つ。

――耳のない、小さな獣。

毛はぼさぼさで、目は空洞。

でも、不思議と“見つめられてる”気がした。

胸の奥が、懐かしい痛みで疼く。

俺は知ってる。この姿は……。

「……ナナ」

そう呟いた瞬間、胸の奥がざわついた。

ずっと忘れていた名前を、無理やり引っ張り出されたみたいだった。

昔から俺と一緒にいたような――

あれは、夢だったのか？

ナナはスマホ越しに、俺を見つめながら震えている。

「……何だよ、そんなにビビって」

いや、違う。

ナナは“俺”じゃない、何か“別のもの”に反応している。

視線を下げると、モールの瓦礫の隙間に――

一匹の魔獣が、うずくまっていた。

体中の皮膚は剥がれ、翼は折れ、目は濁っている。

かつての威容は影もなく、ただ、微かな息が土埃を揺らす。

「小さいけど、ドラゴン…なのか。」

普通ならとっくに死んでいるはずなのに、

まだ生き延びてる。

スマホに通知が走る。

《通知：価値崩壊を検出》

地盤不安定／魔物の衰弱／信仰の喪失

「崩壊って…こいつの人生も、俺と同じか。」

――この世界じゃ、価値が命だ。

こいつの“残価”も、俺と同じく底を突いてる。

俺は魔獣に近づき、そっと手を伸ばす。

鱗の欠片が、指先にざらりと触れる。

ナナはスマホの中で、さらに強く震えた。

「お前……かつて、誰かを守ってたんだな。

この魔獣はただのモンスターじゃない。

こいつは、誰かのために戦って、

負けて、それでも生き延びてる。」

……それなら。

「なぁ、ナナ。俺さ、

この世界で誰にも必要とされてないんだよ。

残価マイナス一億のゴミだ。」

ナナは俺を見て、震えたまま、

静かに頷いたように見えた。

空洞の目が、わずかに輝く。

「だったらさ……俺が、こいつの価値を拾うよ。」

俺は瓦礫に埋もれた魔獣のそばに腰を下ろし、呟く。

「俺の召喚獣は、こいつだ」

ひと呼吸置いて、笑って言い直す。

「……いや、違うな。俺が、こいつに寄生するんだ。

マイナスの価値で、マイナスの命を繋ぐさ。」

その瞬間、ナナの震えが止まった。

――スマホの画面が一瞬だけ光る。

《価値残滓との接続を確認》

……残価は変わらない。

俺は依然として、マイナス一億だ。

それでも、今はそれでいい。

俺は、やっと“誰か”と繋がった気がしたから。

――このドラゴンと、ナナと。

だが、そのとき。

また別の通知が、俺のスマホに走る。

《警告：価値狩り接近中》

画面の隅で、ナナがかすかに震えはじめた。

空洞の目が、初めて怯えを宿す。

次の瞬間、風のないはずの屋上で、足音が響いた。

――瓦礫の影から、赤い目が俺たちを狙う。

価値を貪る狩人の、冷たい笑みが浮かぶ。

――続く。