一匹狼と妖精さん
佐香イコ
シルバー・アッシュ
「わぁ…キレイ……」
無意識だった。
こんなふうに心の声を実際に発してしまうなんて……
屋上の手すりに寄りかかって遠く空を眺めている人物の、風になびいた髪が陽光に透かされ、きらめいて…
たったそれだけの光景に、僕は思わず見とれてしまったんだ。
僕の放った言葉に、一瞬驚いたようにこちらを振り返ったその人物と意図せず視線がかち合う。
ほんの数秒。
漏らしてしまった心の声を、慌てて取り繕う暇もなければ器用さも持ち合わせていない僕は、ただその冷たく鋭い視線を浴びて捕らわれたように固まったまま、そして視線を泳がせることしかできないでいた。
そのうちに、向けられていた視線は再び空へと戻された。
無言で『邪魔するな』と牽制された気がして、とにかくその場を離れるべく、まだ開かれていない弁当バッグを抱えて屋上を後にする。
果たして、予定外に昼食をとる場を失った僕は仕方なく階下の用具室へ続く階段に腰を下ろした。
ここなら人気もないし、気兼ねもしない。
かといって気の進む場所でもないけれど。
…あの人の上履きの色、三年生だ。
名前も知らなければ面識もない。
っていうか僕、人の顔見て逃げちゃって、感じ悪かったかもなぁ…
まぁ、僕の事なんていちいち覚えてないだろう。
学年も違うし、多分また会うことなんて滅多に無いと思う。
見掛けてもきっと、僕は避けて通るに違いない。
早々に弁当箱を空にすると、明日からまた昼休みの場所を考えないとな…などとぼんやり考えながら立ち上がり、午後からの授業のために教室へと向かった。
僕は
大路高校一年生。
隣の市から一時間以上かけてこの高校へと通っている。
なぜこんな面倒なことをしているのかというと…
そもそもの原因は、僕のこの目なのだ。
虹彩の色素が薄く亜麻色のような金色のような色をしている。
中学時代、僕はこの目の色がきっかけでいじめを受けていた。
そしてこの目の色が原因らしく、太陽光や室内光だったり光の反射を人よりも眩しく感じるのだ。
そのためUVカットの眼鏡が必要となる。
本当なら遮光眼鏡の方が有効らしいのだけれど、色のついたレンズはそれこそ抵抗があった。
小さい頃は…小学生の頃なんかは『水澄の目、キレイ』『外国人みたいだね』なんて純粋な言葉に特別感を覚え、それは目の色からくる障害なんて打ち消されたし、人それぞれ違うことが当たり前で個性と尊重されていた。
それがまさか、成長とともにこんなにも変わってしまうなんて……
この明るい光彩の色が『気持ち悪い』という陰口が始まりだった。
人と違ったものが受け入れられないという、この年頃特有のくだらない同調圧力。
今でも鮮明に思い出す、息苦しくなるような感覚。
それは人知れず僕の心を蝕み、それまで僕を肯定してくれていた言葉さえ、本音は違っていたのかもしれないと疑うようになり、他人の他愛ない談笑すらも、僕への嘲笑に感じられた。
そんな同級生とは離れるべく…そして僕自身の進路を見据えて、学力のレベルアップと通学時間がかかることを承知の上でこの学校への進学を決めた。
それを『逃げた』と言われれば否定はできないし、環境が変われば解放されるわけではないことはわかっているけれど。
高校進学に当たって、僕自身もささやかながら対策を取った。
この目の印象を少しでも和らげるために、太い黒縁の眼鏡を選んだ。
前髪はいつも目を隠すように伸ばしている。
そして何よりも、人と関わることを避けるようになった。
距離を置くことで目の色にも気付かれにくいのはもちろんだけれど、壁を作ってしまえば無駄に傷つかない。
これはいつしか身についた防衛本能。
その甲斐あってか、今は当たり障りのない高校生活を送っている。
必要最小限の会話さえできれば上等。
それ以上は踏み込まず、踏み込ませず…
人並みの青春なんて物も望まない。
それは快適でありながらも僕の心を苛む。
例えば昼休みをどう過ごすかとか、ペアやグループ活動とか。
クラスには僕以外にもぼっちはいるし、大抵のことは何とかなるものだけど、僕自身にぼっち耐性があったとしても、腫れ物に触るような空気は正直キツイものがある。
周りに気兼ねせずに『ぼっち飯』ができる最適な場所を探して訪れた屋上で、予想もすることなく出逢った光景。
僕の目を眩ませるまぶしい光とは違って、陽光を受けながら揺れるシルバーアッシュの髪は、大げさだけど僕の目に届くどんな光よりも柔らかに輝いて見えた。
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