【魔人スカーレットは過労でしんどい】

鳴尾リョウ

第1話 魔人スカーレットは過労でしんどい

 魔人は基本ブラックである。色の話ではなく、働き方の話だ。


 麗しき魔人、スカーレットも例外ではない。上位の魔人である証の立派な二本の角。燃えるような長く赤い髪。唯一の欠点と言えば、彼女の圧倒的な力にそぐわない、低身長ということくらいだった。


 そんな彼女も対価のために魔人としての誇りをもって、人々のために働いている。





「おい、詠唱はまだ終わらないのか!」


 街を破壊しようとしている魔物、ヒュージキマイラはもうそこまで迫っていた。


「おい、話しかけるな! 召喚士のじいさん、途中でやめたら、また始めからやりなおさなきゃならんだろうが!」


 街を囲んでいる巨大な壁の上で、住民たちは慌てふためいていた。


「駄目だ。あの化け物、防衛線を突破している。街に着いちまうぞ」


 壁から見下ろせる遠方では、即席の壁や柵で魔物の進行を止めようと、街の精鋭たちが奮戦していたが、どうやらここまでのようだった。


 獅子の頭に山羊の胴、蛇の尾を持つキマイラは、凶暴な性格で人々にたびたび被害をもたらす。ましてヒュージキマイラはその比ではなく、普通の個体よりもはるかに大きい巨体で、人間の手には余る脅威であった。


 召喚士の老人は必死に詠唱を唱え続け、ついに準備が整った。


「……我らの召喚に応じたまえ。出でよ、魔人スカーレット!」


 詠唱を終えると、晴れ渡っていた空がみるみる黒雲で覆われ、次第に雷鳴が響き始める。


 住人たちは祈るような気持ちでその時を待った。自分たちを救う魔人の到来を。


 ひときわ大きな落雷があった時、閃光を背後にし彼女は現れた。



「召喚に応じ、参上しました。私は魔人スカーレット。あなたがたの望みとその代価は何かしら?」



 目の前に現れた存在に誰しもが言葉をつぐんだが、召喚士が答える。


「……あそこにいる化け物を退治してほしい。その代わりに、街中の宝石や財産をお渡しする」


 魔人はふうんと、考えるそぶりを見せたが、迫りくる魔物の姿を見つけると了承した。


「わかりました。契約成立です。願いを叶えましょう」


 そう言うやいなや、魔人は空を駆け、あっという間にキマイラの上空までたどり着いた。街のため、犠牲になることを覚悟していた戦士たちに言葉をかける。


「あなたたちのおかげで、召喚が間に合いました。尊敬に値します。でも、危ないから下がっていてくださいね」


 彼女の言葉を聞き、彼らは急いでその場を離れた。その様子を見届け、魔人は呪文の詠唱に入る。


「深淵にて燃え上がる呪詛の炎。いまひとたび出でて、焦土と化せ」


 すると、彼女の頭上に地獄の炎を凝縮したような火球が現れた。そして、キマイラに右手を振り下ろしながら叫ぶ。



「インフェルノ!」



 己の体を飲み込むほど大きな火球を前に、本能的に危険を察知したのか、魔物は全力で来た道を逃げ去ろうとする。だが、どれほど遠ざかろうとしても火球の接近を阻むことはできず、轟音とともに一瞬でその姿は消滅した。


 スカーレットは自分の魔法でできたクレーターをのぞき、魔物の消滅を確認すると再び壁の上に戻ってきた。彼女は驚きで言葉を失った住民たちに微笑み、こう言い放った。



「終わりました。では、報酬をよろしくお願いしますね!」





 スカーレットの城の中。背筋が伸びた老紳士が、彼女の帰りを待っていた。


「お疲れ様でございます、お嬢様」


 帰ってきたスカーレットをねぎらうため、飲み物を手に持っていたじいやは言った。


「はぁー、疲れたー! まだ休みにならないの?」


 金銀財宝をパンパンに詰めた二つの大きな袋をどさっと床に下ろし、スカーレットはへたりこんだ。


「休日まであと二日ございます」


 じいやの冷酷な言葉で彼女のHP(働くポイント)はゼロになる。


「うぅ、毎日が日曜ならいいのに……。もーだめ。疲れすぎて動けない。じいや、ジュース飲ませて!」


 すかさず、じいやは彼女お気に入りのジュースを口元に運ぶ。


「ごくごく。ちょっ、入れすぎ入れすぎ! こぼれるって! 今度からはストロー差しといて」


 彼女は口元からあふれた飲み物を垂らしながら注文する。


「かしこまりました、お嬢様」


 じいやは礼儀正しく頭を下げた。


「『お嬢様』はやめてってば。それにそんなこと言って、前も同じこと言ったじゃん! あの時はバナナジュース大量に流し込まれて、窒息するかと思ったわよ!」


「申し訳ございません。なにぶん、不器用なもので……」


「嘘つけ! あたし知ってるんだからね! 前にメイドさんたちに『どうだ、すごいだろう。つまようじでこの城の八百分の一スケールの模型を作ったんだ!』って、ドヤ顔して自慢してたの!」


 見られていたかと、じいやはこっそり舌打ちした。そして、話をそらすために改めてスカーレットをねぎらった。


「コホン。それにしてもお嬢……、スカーレット様は働き者でございますねえ。最近はお疲れのようですが、少し仕事を休まれては?」


 ここ数日、スカーレットは大型の魔物討伐が重なり、魔力を消耗していた。それに加えて、疲労のせいか睡眠も浅く、体調がいいとは言えなかった。


 執事のじいやはそんな彼女の様子を見逃さない。


 すると、スカーレットは歯切れ悪そうに言った。


「うーん、それはそうなんだけど……」


「何か問題でも?」


 答えるべきか少しの間悩んだスカーレットだったが、恥ずかしそうに話し始めた。


「あたしね、仕事は面倒だけど、頼られるのは嫌いじゃないんだ。自分の力が誰かの役に立つ。それって素敵なことじゃない? 人間たちだって、あたしが行かないと困っちゃうわけだし」


 じいやは誇らしそうに微笑み、同意した。


「そうでございますねえ」


 彼の態度を見た彼女は気恥ずかしくなり、取ってつけたように言う。


「それに、お金になるしね。さてと、今度は何買おっかなー」


 体力が回復したスカーレットはそそくさと自室へ向かった。じいやは彼女の後ろ姿を見送った。


 立派になられた。あんなにじゃじゃ馬だったお嬢様が……。


 じいやは誰もいないのを言い訳に、流れる涙を隠そうとはしなかった。残っている仕事を思い出しその場を立ち去ろうとしたが、置かれたままの大きな袋が目に入った。


「……あっ、この袋どうやって運ぼう……」




 自室に戻ったスカーレットは助けた人間たちの顔を思い浮かべていた。誰もがみな喜び、感謝の言葉を口にした。そのことが仕事に対する活力になる。


「……ふふ、明日もがんばらなきゃね」


 そこで初めて、テーブルに残していたものを思い出した。


「あー! こっそり食べようとしていたカップラーメンが伸びてる!」


 人間からの召喚はいつも急だ。それが食事の時間でも……。


「くっそー! 今度は絶対サボってやるー!」


 そしてまた、彼女の忙しい日々は続くのだった。

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