第8話 試練の歌

翌朝。

 牢の扉が開かれると、兵士たちは無言でローザを連れ出した。

 廊下を抜けるたび、壁に掛けられた旗が目に入る。見慣れぬ紋章――氷の薔薇をかたどったその意匠は、皮肉にも彼女自身を象徴するかのようだった。


 やがて広間へと導かれる。

 高い天井から光が差し込み、壇上には豪奢な椅子が据えられていた。

 そこに座すのは、敵国の王。

 透きとおるような白い顔に微笑を浮かべ、薄い唇が告げた。


「歌え。おまえの声が、民を従わせるのだ」


 鎖は解かれていたが、逃げ出す隙などない。

 兵たちの槍先が並び、視線は冷酷に彼女を縛りつける。



 ローザは深く息を吸った。

 喉が乾き、胸の奥で心臓が暴れる。

 それでも――歌は彼女にとって、唯一の武器であり、祈りだった。


「……ならば、私の歌を聴きなさい」


 唇が震え、やがて旋律が空気を震わせた。

 それは哀しみを帯びた調べだった。

 故郷を恋い、友を思い、失われた笑顔を願う歌。


 兵士たちは互いに顔を見合わせ、槍を持つ手をゆるめる。

 王の目でさえ、一瞬、陰りを見せた。



 歌い終えたとき、広間は静寂に包まれた。

 やがて王がゆっくりと拍手を打つ。


「――美しい。だが哀しみの歌など、我が国には不要だ」


 冷たい声が響く。

 ローザは俯き、拳を握りしめた。


 そのとき。

 背後から、誰かの小さな囁きが聞こえた。


「ローザ……忘れるな。おまえの歌は、誰かを救うためのものだ」


 振り向けば、そこには牢番の若い兵士――どこかアリレイを思わせる眼差しをした男が立っていた。

 彼の目はほんの一瞬、哀しみに濡れていた。



 ローザは悟った。

 この国に囚われていようとも、歌うことで誰かの心を揺らすことができる。

 それが彼女に課された“試練”なのだと。


「私は……歌をやめない」


 その小さな決意は、氷の牢獄に一筋の炎を灯した。

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