第8話 試練の歌
翌朝。
牢の扉が開かれると、兵士たちは無言でローザを連れ出した。
廊下を抜けるたび、壁に掛けられた旗が目に入る。見慣れぬ紋章――氷の薔薇をかたどったその意匠は、皮肉にも彼女自身を象徴するかのようだった。
やがて広間へと導かれる。
高い天井から光が差し込み、壇上には豪奢な椅子が据えられていた。
そこに座すのは、敵国の王。
透きとおるような白い顔に微笑を浮かべ、薄い唇が告げた。
「歌え。おまえの声が、民を従わせるのだ」
鎖は解かれていたが、逃げ出す隙などない。
兵たちの槍先が並び、視線は冷酷に彼女を縛りつける。
◇
ローザは深く息を吸った。
喉が乾き、胸の奥で心臓が暴れる。
それでも――歌は彼女にとって、唯一の武器であり、祈りだった。
「……ならば、私の歌を聴きなさい」
唇が震え、やがて旋律が空気を震わせた。
それは哀しみを帯びた調べだった。
故郷を恋い、友を思い、失われた笑顔を願う歌。
兵士たちは互いに顔を見合わせ、槍を持つ手をゆるめる。
王の目でさえ、一瞬、陰りを見せた。
◇
歌い終えたとき、広間は静寂に包まれた。
やがて王がゆっくりと拍手を打つ。
「――美しい。だが哀しみの歌など、我が国には不要だ」
冷たい声が響く。
ローザは俯き、拳を握りしめた。
そのとき。
背後から、誰かの小さな囁きが聞こえた。
「ローザ……忘れるな。おまえの歌は、誰かを救うためのものだ」
振り向けば、そこには牢番の若い兵士――どこかアリレイを思わせる眼差しをした男が立っていた。
彼の目はほんの一瞬、哀しみに濡れていた。
◇
ローザは悟った。
この国に囚われていようとも、歌うことで誰かの心を揺らすことができる。
それが彼女に課された“試練”なのだと。
「私は……歌をやめない」
その小さな決意は、氷の牢獄に一筋の炎を灯した。
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