第6話 囚われの夜

その夜、城はひどく静かだった。

 戦の報せが届くたびにざわめくはずの空気が、まるで何かを待ち構えているように張り詰めている。


 ローザは自室の窓辺に立ち、夜空を仰いでいた。

 氷のように冴えた月明かりが庭を照らし、薔薇の花弁に銀色の縁取りを与えている。

 その美しさは、彼女の心を慰めるどころか、かえって孤独を際立たせた。


「私は……“神”なの?」

 小さく呟いた声は、自分でも聞き取れないほど弱い。


 歌で民を動かしながらも、本当は不安でたまらない。

 彼らが信じる「神のような存在」は、ローザの心そのものではない。

 彼女自身はただ、戦も涙も嫌だと願う一人の少女でしかなかった。



 そのときだった。

 ――かすかな物音。

 窓の外の影が揺れ、冷たい風が部屋に吹き込んだ。


「誰……?」


 問いかけに答える声はなく、黒い外套の一団が音もなく部屋へ踏み込んできた。

 口元を覆った男たちの瞳は冷たく、迷いもない。


「お静かに、姫君」

 先頭の男が囁くように告げ、鋭い刃を光らせた。


 ローザの心臓が大きく跳ねる。

 助けを呼ぼうとした唇に、荒々しい手がかかった。



「ローザ!」

 扉が開き、駆け込んできたのはナジカだった。

 軍服のボタンを外したまま、剣を抜き放ち、一団に立ちはだかる。


「この城に指一本触れさせると思うか!」


 黒衣の男たちが一斉に斬りかかる。

 火花が散り、金属の音が夜気を裂いた。


「ナジカ!」

 ローザは必死に手を伸ばした。だがその瞬間、背後から布がかぶせられ、視界が闇に閉ざされる。


「――っ!」

 声にならない叫び。

 身体が持ち上げられ、冷たい夜風の中へさらわれていく。



 最後に耳に届いたのは、ナジカの怒声だった。

「ローザを放せぇっ!」


 それは必死の誓いのように響き、闇に沈むローザの胸に焼きついた。

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