名もなき短編集

なのるななどない

『誰も居ない廃駅にて』

 目を覚ますと、闇。


 まぶたを開ければ、そこは見知らぬ場所だった。


 駅······のようだが、人気はなく、人が利用していた痕跡すらなかった。周囲を見渡すと、そこかしこに塗装の剥がれや老朽化ろうきゅうかの跡が見て取れた。

 まるで廃墟のよう。と、少年はまだ覚醒し切らない頭でぼんやりと考える。廃駅なのだろうか? しかし何故? 俺は電車に乗り込んで······それから眠ってしまい······気がつけば、こんなところに居た。

 しかし、少年が乗った電車の行き先に、廃駅などあるはずがなかった。都内に続く路線の下り電車だ。いくら都心から離れていくとはいえ、そんな場所は知らない。

 そもそも、本当に眠ってしまったのなら、駅員が起こすはずだ。もし駅員が起さなくとも、車庫にそのまま入るだろう。廃駅で降ろされるなんて、あるはずがない。


 ズキン、と頭痛がした。頭を押さえる。ぬちゃりとした湿り気のある感触が、手のひらにべっとりと付いた。なんだろう、これは。

 少年が恐る恐る手を離すと、それは赤い血で染め上げられていた。ひっ、と小さい息を漏らす。ズキンズキンと頭が痛い。ああ、そうか、思い出した。


 学校の帰り道、俺は駅のホームで、耐えきれなくなって電車の前に飛び込んだのだ。教室に居場所がなくて、誰からも好かれていなくて、だからもう、どうでもいいやと思ったのだ。

 やがて電車が近づいてきて、けたたましい金切り音をたてながら、俺の身体を飲み込むように大きくなり、何らかの衝撃を感じて、そこで意識が途切れたのだ。


 少年は恐ろしくなった。ここは死後の世界なのかもしれない。死後の世界は、しかし、こんなにも孤独なものなのか。さびれた駅のホーム以外には何もない。誰もいない。線路の向こうには闇が広がるばかり。

 そして、死後の世界では頭が痛かった。こんな苦痛が死んだ後も続くだなんて思いもしなかった。ああ、楽になりたい。こんなはずじゃなかった。苦しい現実から逃げたかっただけなのに。


 少年は、しばらく······どれくらいの時間だろう。気が遠くなるほど長い年月だったようにも、ほんの数秒のようにも感じたが······駅のベンチに座り込んでいたが、ふと我に返ると、頭痛が収まってきているのに気がついた。

 外は未だ暗い。時間の経過もわからない。けれど、ここで待っていても誰もいないし、誰も来ないようだ。少年は、意を決して歩き始めた。線路の上に降り、どちらに進むか悩んだ。

 悩みながら左右を見比べて、結局、右側に向かうことにした。どちらもあまり代わりはなかったが、なんとなく、そっちの方が少し明るい気がしたからだ。


 歩く。何もない。


 歩く。闇が続く。


 歩く。足が重い。


 けれども歩く。


 歩いて、歩いて、歩いて······


 そうして、どれほどの時間を歩いてきただろう。数十年のようにも、瞬きをする程度のようにも感じる時間、少年はただひたすらに歩き続けた。

 やがて、光が見えてきた。それは電車の光のようで、少年は、ああ、またかれるのかと思った。死後の世界で死んだら、どうなるのだろう。今度こそ楽になれるのだろうか。光はどんどん大きくなる。やがて、少年は光に飲み込まれ――


 ――聞き馴染みのある声で、目を覚ました。瞼を開ける。まぶしい。目を瞬かせて、周りを見渡す。見知らぬ白い部屋だ。すぐそばには、泣いている母さんと、涙をこらえている父さんがいた。

 ああ······俺は自分のことしか考えていなかった。2人のことをまったく考えずに、この世から去ろうとしたのだ。そんなことに、今さら気がついた。

 ズキン、と頭が痛んだ。包帯が巻かれた頭に触れる。その痛みは、生きていることを思い出させてくれる痛みだった。額からは、もう血は流れてこなかった。代わりに、目からは涙が流れていた。

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