端の席

彼辞(ひじ)

第1話 主人公目線「隣の席」

入社して三週間。まだ空気に馴染めない私の目に、毎日映るのは島の端の席に座る「おじさん」だった。非常口の下、白いシャツに灰色のスラックス。無言でモニターを覗き込み、姿勢も表情もほとんど動かない。電話に出ることも、同僚と話すこともない。まるで席の一部のように、そこに居座っている。


気になって隣の先輩に尋ねた。「端の席の方って、どんな仕事を?」

先輩は一瞬言葉を詰まらせてから小さく笑い、「……誰も座ってないよ、あそこ」とだけ言った。その真顔が冗談には見えず、背筋が冷える。振り返ると、やはりおじさんは変わらず座っていた。画面を覗き込む首の角度まで寸分違わない。


その日の昼休み、社内チャットに流れた通知を見てさらに違和感を覚えた。360度評価の提出状況一覧に、見覚えのない苗字のアカウントが「提出済」と表示されていたのだ。アイコンは初期設定のまま、ただ姓だけの表示。それは端の席のおじさんと同じ苗字だった。誰も座っていないと言われた席の住人が、確かにそこに“存在している”証拠のように。

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