3-5 今なら地理テストで満点取れそう

 最初に使用人を呼びつけて手土産を出したのはユディット嬢だ。ティーカップを少し除けたローテーブルの上に、布張りの箱が置かれて蓋を開かれる。中から出て来たのは一本のパウンドケーキだった。天辺部分が膨らんで割れて、香ばしそうな焼き目が付いている。

「こちらはブロウゼン領特産の香りの良い小麦とアカシア蜂蜜、薔薇湖の岩塩を使ったブルカーナという焼き菓子でございます、妃殿下。バターとお砂糖をたっぷり使うことで、まるで綿のように膨らんだ柔らかい焼き菓子を作ることができましたの」

 得意満面のユディット嬢に、「へえ美味しそうだな」と俺はにこやかに頷く。口ぶりからして、今回に勝負をかけて開発してきたのだろう。ケーキのようなスポンジ系焼き菓子は、砂糖がないと作れない。この国で消費される砂糖は南洋の温暖な地域で採れるサトウキビから精製されるもので、海外からの……つまりプリスコット公が牛耳る高価な輸入品に頼っていた。

 その砂糖をふんだんに使い、領地の南部に抱える穀倉地帯の小麦と、北部の森で採れるアカシア蜂蜜、山脈を越えた帝国側の塩湖から採れる輸入岩塩の合わせ技。お手本のような「ブロウゼンの特産銘菓」だ。ありがとうユディット嬢、完璧な模範解答だ……俺のここ一か月の猛勉強が報われるぜ。

 周囲に控えていた使用人がケーキを預かって切り分け、皿に載せて各人の前へと配り終える。お上品に銀のフォークで一口大に切り分けて口に放り込むと、小麦、バター、そして上品な蜂蜜の香りが鼻に抜けた。たっぷり砂糖と蜂蜜を使ったスポンジの濃厚な甘さを、ちょっとだけ主張する岩塩のまろやかな塩味が引き締めながら強調する。美味い。少し口の中がパサつくのを、紅茶を流し込んで和らげたら完璧だ。

(こーれは金かけてきたな~。流石、山脈領地に金銀の鉱山を抱えるブロウゼン。海上貿易でブイブイ言わせてるプリスコットばっかりが金持ちじゃねーんだぞ、って感じか)

 ちなみになぜ元高校球児俺がパウンドケーキに詳しいのかと言えば、姉ちゃんの「生体泡立て器」として稼働してる際にレシピを覚え、その材料全て等量というドシンプルなカロリーの塊を自分で作って食べるようになったからだ。混ぜ方のコツと材料投入の順番だけ覚えれば、自分で作って一本丸かじりできるからな!(バター消費がヤバくてすぐ禁止されたけど)

「凄く美味しいな。香りが最高だし、こんなに甘くてフワフワの食べ物なんて滅多にない。ちょっとだけ感じる塩味もすごくいいし、紅茶とも合うな」

 語彙力不足ながらも、要点は押さえる努力をした食レポをかます俺に、満足げな笑顔でユディット嬢が頷き礼を述べた。砂糖が高級品なこの世界では、「甘い」は最高の賛辞のひとつだ。俺の言葉はどれもお世辞でも誇張でもなく、周りのご令嬢もこの甘いフワフワに一口で魅了されたご様子である。むしろ元から慣れ親しんでる俺が一番冷静まであった。――とりあえずブロウゼン公爵の真意がどこにあるにせよ、このユディット嬢に悪意はなさそうだ。

 皆がひととおりケーキと紅茶を楽しんで場の緊張感が和らいだところで、お次は顔色の悪いラウラ嬢だ。硬い表情で使用人を呼び寄せ、木箱から――手の平大の壺をふたつ取り出した。

 壺だ。それも茶色くて渋い雰囲気の……俺の率直な感想で言えば「梅干しとかラッキョウ漬けが入ってそうな壺」だ。え、何が出てくるんだコレ? 壺ふたつはローテーブルの上に置かれ、ラウラ嬢がその蓋を開けて使用人にスプーンをふたつ頼む。受け取ったティースプーンをそれぞれ壺の中に突っ込んで、ラウラ嬢が

「わ、わたくしがお持ちしたのは……これ、です」

 と、物凄く言葉少なに言った。エッ、で、それ何!?

 困惑する俺の左右で、ちょっと失笑ムーブというか嘲笑ムーブが起きている気配がする。気付いたらしいラウラ嬢は顔を真っ赤にして俯いてしまった。俺が何か言葉を投げるより前に、ラウラ嬢の隣から壺を覗き込んだユディット嬢が直球で尋ねる。

「まあ、何でございますのこれ?」

 悪意のない問い。良いだなこの子。それにラウラ嬢はしどろもどろで答えた。

「あの、こっちが……ビーツシロップで」

 そう右手側の壺からラウラ嬢がスプーンを持ち上げる。掬い上げられたのは……ええと、茶褐色のドロッと粘っこい液体だ。黒蜜っぽい? フェリシア嬢とかリッタ辺りが「まあ……」と嘲り半分慄き半分、みたいなヤな感じの反応をする。

「あら……なんだか、ソバ蜂蜜みたいね。甘いのかしら?」

 席が遠いから絡みづらい俺の代わりに、質問してくれるユディット嬢。ありがたい。……っていうか蕎麦の蜂蜜ってそんな色してんの!? ユディット嬢の質問に、ラウラ嬢がコクンと頷いた。

「甘い。紅茶に垂らして飲むとうま……美味しい、です」

 今「うまい」って言いかけたなこの人。言葉遣いも訓練中って感じか。

「あら! 紅茶に垂らすのでしたら、アカシア蜂蜜も向いていましてよ!」

 ご自慢のアカシア蜂蜜のお株を取られたくない! とばかりにユディット嬢が主張する。それに気圧されたようにラウラ嬢が頷いて、会話が途切れてしまった。うーん、そろそろ俺の出番か。

「ビーツシロップ……聞き慣れない名前だけど、スネイヴォルで採れるのか?」

「は、はい。甜菜てんさいという根菜から煮出して作るシロップです」

 てんさい……なんだっけ聞いたことある気がするんだけど。ウーン……まあいいか。とりあえずそういうシロップを採れる作物があるんだな。スネイヴォルの領地は小麦の作付け北限を越えた地域が広いから、自領での食糧自給が間に合わない。儲けられる作物があるなら何よりだ。

「じゃあ紅茶に入れるの、試させてもらうよ。もう片方は?」

 今度は何が出てくるのか。ちょっと俺もハラハラしている。フォローしきれる物体でありますように!

「こちらは……クラッサクリームといって、牛の乳を分離させて、脂肪分を濃縮したものです。バターよりも乳の風味が残っていて、これも……飲み物に溶かしたり菓子に載せると美味しい、です」

 そういってラウラ嬢が引き上げたスプーンには、真っ白でねっとりした半固形のペーストが絡んでいた。なるほどコレは……濃縮された生クリームっぽい? 真っ黒粘液と真っ白粘液が、それぞれ渋い壺から出てくる様子は、正直言ってオシャレ空間には映えない。が、菓子と紅茶に合う素材なのは間違いなさそうだ。

「それも是非試してみたいな。クリームの方はこの……ブルカーナだっけ? に添えても美味しそうだ」

 半分くらい皿に残してあったパウンドケーキを指して言う。(ホントは食べたかったけど、この世界は皿を空にしたら問答無用で、お代わりが無限に足されちまうんだよなあ)

「はい、是非!」と顔を上げたラウラ嬢が使用人に壺を渡し、それが俺の所まで運ばれてきた。壺の中のクリームが液体と半固体に分離してるのを見て、勝手に混ぜくってみる。しばらく混ぜてみたところ、ホイップクリームっぽいものになった。勝手にゴメン、でもさっきより美味そう。

 もったりしたクリームを、ケーキの横にひと匙ぶん盛る。いい感じだ。カロリーの気配がする! 後からやってきたシロップもクリームの上にひと垂らしして、紅茶にも入れた。紅茶を啜ってみると、蜂蜜のようなくどさがなくて、見た目に反してシロップの風味が主張せず飲みやすい。きび砂糖を入れたのと変わらない……いや、きび砂糖よりもスッキリした甘味になっている。

(てんさい……てんさいシロップ……もしかしてアレか? オリゴ糖入り! とかいって、飲み物用に食卓にボトルが常駐してたやつ……こんな黒くなかったけど)

 だとしたら、かなりの可能性を秘めているかもしれない。頑張れスネイヴォル。きび砂糖の代用品作れたら、多分大儲けだ。

「――うん、このシロップいいな。蜂蜜っていうより、きび糖の代用になるんじゃないか? スッキリした甘さが使い易い。クリームも使い所が多そうだ。みんなも試してみてくれ」

 言って、シロップとクリームの壺を両脇の二人へそれぞれ渡す。クリームをケーキにのっけたご令嬢や、シロップを紅茶に垂らしたご令嬢が恐る恐るそれらを口にし、目を輝かせた。あ、アデラ嬢の目がギラついたな今。商談すんのかな。スネイヴォルの甜菜糖がプリスコットのきび糖の、強力なライバルになる未来が見えたのかも知れない。

「凄く可能性を感じる素材だ。美味しかったよ」

「あっ、あ、ありがとうございます、妃殿下!」

 俺の言葉に勢い良くラウラ嬢が頭を下げる。リボンを掛けて結い上げられている赤い癖っ毛が、勢いでふわんふわん揺れた。

「あの……スネイヴォルはあまり、流行のファッションや高級な食べ物はありませんが……畜産物は美味しいので!」

「陛下から聞いたよ。酪農製品や加工肉、それと馬だろ? 革製品も質が良いって」

 馬を相棒に生きる人が多いから、馬具が発達してるんだってさ。そしてこのご令嬢も、こうしたお茶会やら舞踏会よりも馬が好きらしい。これは予習してあった情報だ。

「はい!! 是非当家の馬をご覧頂ければと! お気に召す馬があれば献上いたします!」

「あはは、ありがとう。クラウルに居た頃に乗馬をしたことがなくてね、初心者でも扱える、気性の穏やかな馬がいれば紹介してくれ」

 これはマジの今の課題。この世界で王侯貴族の男子に生まれて、乗馬も出来ない状態なのはちょっと色々都合が悪いのだ。

「それでしたら、是非ともお目に掛けたい名馬がございます!」

 そう目を輝かせるラウラ嬢は先程までとは別人だ。これでラウラ嬢はスネイヴォル公爵の面子を立てて、俺は良い馬をゲットして、ウィンウィンってやつに落ち着きそうだな。馬でアドがとれるご令嬢なんてこの場に他に居ないから、ラウラ嬢を僻んで睨む子も居なさそうだ。

 ――さて、これであとはメリフィンヌ姫一派の三人だけだ。原作通りなら修道院特産の薄いクッキーを出してくるはずだけど、果たして食えるモノかな?

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