10|後継
翌月、モンスターによる人的被害は前月比9割減となった。
ギルドでは、人里近くに現れる弱体化したモンスターを狩って、ジェムと食肉と素材を得る任務が大幅に増えた。危険性が大きく低下したため、パーティメンバーの死亡率は大幅に低下した。
王宮直轄の畑では、オークが大人しく人に従っている。はじめは怯えていた人々も、その様子を見て態度を軟化させつつある。大柄なモンスターは荷物の運搬など、特に力仕事で大活躍で重宝されているそうだ。
それから翼竜など空を飛べるモンスターの力を借りられた影響も大きい。今まで数日かけていた物資輸送が半日でできるようになった。空飛べるってチートだと思う。最近街中では翼竜のタクシーが流行している。
平和に見えている。これが平和なのだ。
あのとき、城を出る頃には
3人とは、あれ以来まともに会話できていない。私は王宮に即成果報告に行かねばならなかった、という建前もあるが、アレンを連れて帰れなかったという深い傷を癒せる言葉など思いつかなかった。逃げてしまったのだ。
私は、アレンのことを一概に悪いとは言えないと思う。
彼は勇者として扱われていた。「勇者」というジョブに登録されていた。最初、ジョブ名が「勇者」だなんて奇妙だと思っていた。剣士でも騎士でも戦士でも良いだろうに、なぜかこの世界では「勇者」というジョブが存在する。
それはアレンのような人を尊重するためだろう。たとえば魔力は普通の人間にはない力であり、特殊であり、わかりやすい才能だ。ラルフなど狩人も、その視力は普通の人ではありえない。千里先を見通し素早く動く物も止まって見える目を持つ。それに比べて勇者は、戦闘スキルだけではその特殊性がわかりにくい。剣など武器を振り回すことなど誰でもできるだろうと考える人もいる。しかし勇者はそうではない。勇者はその精神性も加味されているのだ。
つまり、そのリーダーシップ。正義感。友情を尊重する姿勢。そういったものだ。少なくとも、スキル判定とジョブ登録時、アレンはそれが認められたから「勇者」だったはずだ。
私が見て知ったアレンは、あくまでアレンの一部に過ぎなかったのだと思う。
この平和になったとされる世界で、私は疲弊していた。私はパーティメンバーではない。いわば公務員みたいなものだ。その功績がどうであれ大して収入は増えないし、年功序列でも学歴でも私は底辺の方として扱われているし(そもそもこの世界を学校を出ていないし)、ただひたすらに魔族との資源交換をつつがなく運用し続ける仕事が待っていた。
今月の残業はまた80時間を超えた。一部の地域で作物が不作だったのだが、それがモンスターのせいだと無暗に因縁をつける役人がおり、魔族と一触即発になりかけた。その仲介と真の原因特定(モンスター化していない害虫の大量発生だった)と解決策の検討・決定・実施でクタクタだった。
しかしそれはそれとして、毎月1度魔王城に行かねばならない。月次報告が課されているのだ。以前と違って翼竜が空飛ぶタクシーになってくれるおかげで、何日も旅しなくても良くなった点だけは楽になったが。
「失礼します」
「ああ、カオルか」
いつも通り魔王は立派な椅子に腰かけている。私もいつもどおり、紙を見せながら今月の結果を報告する。ちなみに紙のサイズは魔王に合わせてかなり大きくした。
「……以上のことから、来月はオロボ麦の割合を増やす予定となっております。ご承知おきください。……何か質問はありますでしょうか」
「いや、ない。問題ない」
今日の魔王は、今まで見たことのない緑色と紫が入り混じった謎の液体を飲みながら返答している。あれはどう考えてもマズそう。
「……それ、美味しいんですか?」
「マズいに決まってるだろ。薬だからな」
「薬……」
「貴様からどう見えているのか知らぬが、
魔王って人間と同じように歳をとるのだろうか?
「良い機会だ。カオルよ、貴様に話がある」
「何でしょうか」
「
「えっ」
いきなりの重大発表。これは一大事だ。昔、元の世界にいたとき、契約を取り付けた社長が代替わりした際に大きく方針が変わり、いきなり契約を打ち切られててんやわんやしたことがある。もし魔王の後継者が決まっているならば、早めにご挨拶に伺って、これまでの成果を報告し好感度を上げておかねばならない。
「こ……後継者の方は、もうお決まりで?」
「いや。今決めようとしている」
「今!?」
なんでそんな一世一代の決断に同席させられているんだ? 魔族の話だし魔族の間で決めてから報告してほしい。というか無暗に巻き込まないでほしい。誰が良いとか知らんし。
「ええと、候補の方がいらっしゃるのですか?」
「今ここにいる」
いつもこの月次報告のときは、だだっ広いこの部屋に魔王と私の2人だけだ。だから声がよく響く。改めてあたりを見渡すが、やはり誰も何もいない。見えないタイプのモンスターでもいるのか?
戸惑う私を見て笑いをこらえるような表情を見せながら、魔王は告げた。
「貴様だよ、カオル」
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