苗字のひみつ

霜月あかり

苗字のひみつ

ある日のこと。

ユウくんは、ふとママにたずねました。


「ねえ、どうしてぼくたちには“みょうじ”があるの?」


ママは少し考えてから、にっこりして言いました。

「苗字にはね、家族や土地の歴史がつまっているの。

昔の人たちは、山の近くなら山田さん、川のそばなら川村さん、田んぼのそばなら田中さん…って、その場所にちなんだ苗字をつけてきたのよ」


「へえ! じゃあ、海の近くに住んでたら?」

「海野(うみの)さんや、浦田(うらた)さんになるかもしれないね」

「森の中にいたら?」

「森本(もりもと)さんとか、林田(はやしだ)さんかな」


ユウくんは目をキラキラさせました。

「じゃあ、もし空の上に住んでる人がいたら――空野(そらの)さん? 星田(ほしだ)さん?」

「面白い発想ね!」とママは笑いました。

「もし雲の上に家があったら、雲本(くももと)さんかも」


ママは続けます。

「それからね、その人がどんな仕事をしていたか、家族が何を大事にしていたかで決まった苗字もあるのよ。刀をつくる鍛冶屋さんなら“加治さん”、布を織る家なら“機織(はたおり)さん”みたいにね」


ユウくんは目をキラキラさせました。

「じゃあ、もしアイスクリーム屋さんばっかりの家だったら?」

「アイス田(あいすだ)さん?」

「それとも、ソフトさん!」

ふたりは声を合わせて笑いました。


「もし、ゲームばっかりやってる家だったら?」

「ゲーム木(げーむき)さん?」

「コントローラさんかも!」


「じゃあじゃあ、ずーっとプリン作ってる家だったら?」

ユウくんは目を輝かせます。

「プリン田(ぷりんだ)さん!」

ママはくすくす笑いながら言いました。

「甘くておいしそうな苗字ね」


ユーモラスな想像に、ふたりはすっかり夢中になって笑い合いました。


――そのとき、ユウくんの頭にふと疑問がうかびました。

「でも、もし苗字がなかったらどうなるのかな?」


すると、不思議なことに部屋の景色がゆらゆら揺れだしました。

気がつくと、ユウくんは“苗字のない世界”に立っていました。


――学校では。

「ユウくん!」と先生が呼びます。

すると、なんとクラスの半分くらいの子が「はい!」と返事しました。


「え、ちがうちがう! どのユウくん?!」

先生も大あわて。


――公園では。

友達が「タロウくん!」と呼ぶと、ブランコの子も、すべり台の子も、砂場の子も、いっせいに振り向きます。


「これじゃあ、だれがだれだかわからないよ!」

ユウくんはあっという間に困ってしまいました。


そのとき、また景色がゆらめき、ママのいる部屋に戻ってきました。


「ママ、わかったよ!」

ユウくんは胸を張って言いました。

「苗字があるから、ぼくはぼくだってわかるんだね。たくさん人がいても、ちゃんとちがいがわかる!」


ママはうれしそうにうなずきました。

「そう。苗字はユウだけの“しるし”でもあるのよ。家族の歩んできた道のりが、そこに隠れているの」


ユウくんはにっこり笑いました。

「ぼくの名前と苗字、どっちも大事にする!」


窓の外には夕陽がさして、ユウくんの決意を照らしていました。

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苗字のひみつ 霜月あかり @shimozuki_akari1121

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