水母の行列
秋梨夜風
水母の行列
眠れない夜は、海までドライブする。
気分に合う音楽を流して、ゆったりと車を走らせる。渋滞知らずの深夜は、道路がいつもより広く感じられて好きだ。途中コンビニに寄り、駐車場で飲み食いする。
時刻は午前三時。車の鍵だけしっかりとポケットに入れて、あとはなにも持たず砂浜へ向かう。
夜空を覆う雲の隙間が、太陽でも月でもない妖しい
できるだけ波打ち際に近づき、靴が濡れるスリルを愉しみながら、ひたすら浜辺を歩き続ける。そうして潮の匂いと、波の音に身を任せていると、だんだん自分が夜に溶けて、混ざっていく。
そうして夜明け前には、トラックに紛れて国道を流し、朝焼けのなか帰宅する――以上が私の習慣。
けど、今夜はちがった。砂浜で異様に大きな水母を見つけたのだ。
不気味な弾力を感じる、テラテラとした光沢。その異質さに惹かれた私は、程なくして人が中に包まれているのを発見した。
「大丈夫ですか?」
「ん。あぁ、よく寝た」
ポロシャツとジーパン姿の青年で、歳は二十といったところか。
寝ぼけ眼の彼は、しばし沈黙のあと、淡々と話し始める。
「僕、人生の目標を訊かれて、答えられなかったんです」
「人生の目標?」
「それで教授に詰められて。なんの為に生きてるんだって」
「キツいね」
「えぇ。大した目標もなく、ただ生きてきただけ。そう考えると虚しくなって……」
彼は、ふうっとため息を吐いた。
「それで、あの崖から飛び降りました」
彼が指で示した先は、海岸沿いの切り立った崖。なにかを警告する看板があったのを憶えている。
「……よくぞご無事で」
「嘘じゃないですよ」
「ま、最後まで聞こう」
「海面に激突する瞬間、僕は五感を失って……死んだと思いました。でも、気づけばどこかに漂っていた。そして周りにも、自分と同じようなのが何千、何万といるのを感じました。観察してると、何処かを目指して競争してるんです。だんだんと、そうするのが正しく思えてきて、僕も必死にもがきました」
「……それで?」
「でも、動けない。流れに身を任せて、漂うことしかできなくて……しばらくしたら、今度は温かく包み込まれました。自分の全てが肯定されている。そんな気分になって、とても幸せでした」
青年は赤子のように、うっとりと目を閉じる。
「気づけば僕らは水母になって、暗い海底を、田舎の街灯のようにぽつぽつと並んで昇って行きます。みんな体が薄く光って、とても美しかった」
話すうち彼の眼が濡れて光る。綺麗だ、と思った。
「そのうちに光はバラけて、誰について行けばいいか分からなくなりました。けれど怖くはなくて。そのまま気がつけば、此処に」
あまりの突飛さに言葉が出ない。ぽかんとする私を尻目に、彼はするりと立ち上がる。
「ありがとうございます。話している内に落ち着きました」
「あのさ、私」
思い切って話そうと、顔を上げたが誰もいない。目の前には大きな水たまり。映った私の顔は、心なしか清々として見えた。
空は白く、彼方の水平線から神々しく陽が差している。
「……もう朝か」
不思議な心地で家に帰ると、久々に泥のように眠った。
水母の行列 秋梨夜風 @yokaze-a
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