巡る魂

とぶくろ

第1話 穴を掘る男

 全国の心霊スポットを巡るのが趣味な僕は、ネットから噂をかき集め、人気のスポットや、まだ騒がれていないスポットを巡っていた。

 特別、霊能力だとかが、あるわけではない。

 ただ幽霊だとかが好きなだけだった。


 実際に霊を視た事はないし、本当にいたら怖いとは思うけれど、怖い者見たさなのか、霊場、心霊スポット巡りは、死んでもやめられそうにない。

 今回は、ちょっと変わった噂を、確かめに来た。


 日本のほぼ中央、高い山脈の、殆ど人が入らない山中。

 そこで深夜に、穴を掘る男が居るという。ただそれだけ。

 タケノコ掘りだの、ゴミの不法投棄だのと言われていたが、死体を埋めているのではないかというコメントに、僕は惹き付けられてしまった。


 確かめずにはいられない。

 その噂の山に入り、深夜を待つ。

 ライトも消して、月明かりも届かない山の中を彷徨う。

 これで実はキノコ狩り、とかだったら……何か音がする。


 ざくっ……ざくっ……


 土を掘る音だ。

 足音を忍ばせ、ゆっくりと音の方へ向かうと、ヘッドライトを付けた男が、一人で穴を掘っていた。特別若くも見えないし、老人でもなさそうだ。

 既に男の腰近くまで、穴は深く掘られていた。

 自然薯でも掘っているのであろうか。


 穴を掘る男の背後へ回り、もう少し近付いてみた。

 近くまで来て、男の荷物が見えた。

 レジャーシートに包まれたものが気になる。


 長さは2mに足りないくらい、170cmくらいだろうか。気のせいだとは思うけれど、それはヒト……のように、この位置からだと、そう見えた。

 まさか……シートの中は……それを埋める為に?


 のどが渇く。大きく見開いた目が、シートを凝視してしまう。どうしてもアレから視線を逸らせない。穴を掘る男は、一心不乱にスコップを動かしていた。

 屈むと殆ど隠れる程、穴は深くなっていた。

 あれなら、こちらは見えないのではなかろうか。


 恐怖に頭と背中が冷たくなっていた。

 何故か手のひらからだけ、汗が止まらない。

 頭の中で、僕を止めようとする声が聞こえる。

 それを振り払い、僕は前に、シートに向かって進んだ。


 好奇心なのだろうか、その中身を見たい。その気持ちを抑えられず、大胆にも穴の近くまで進んでしまう。震える手をシートへ伸ばしてしまった。

「ふぅ……こんなもんだろ」


 背中に氷を刺されたかのように、冷たい何かが走った。

 背後の穴から、男の声が聞こえたのだ。

 穴を掘り終わったのか。

 穴から出てくるのか。


 逃げなきゃ。

 驚いた身体は、硬直して動かない。

 やばい、やばい、ヤバイって。

 死体を埋めに来たんだ。見つかったら殺される。


 固まった身体は動かず、ギギギッと音がしそうな動きで、首が後ろを、男が掘っていた穴へ向いた。

 スコップを穴から放り出した男が、今、まさに這い出ようとしていた。

 な、なんとかしなきゃ。


 そんな僕の視界の端で、何かを包むシートがめくれていった。

 その下から、ぐちゃぐちゃに潰れた顔が覗く。

 頭皮が剥がれ、片目は完全に潰れて、目玉が飛び出して、顔の脇に垂れ下がっていた。鼻はどこにいったのか、ちぎれて只の穴になっていた。歯も殆ど残っていなかったが、何よりもアゴが、下顎がなくなっていた。


 絶対に生きてはいない。

 ぱっと見でそう感じるほど、それは生気もなく、あり得ない程に破壊されていた。


 なんとかしなきゃなんとかしないところされるころされる。


 男が穴から這い出てくる。もうパニック寸前だ。

 穴の縁に転がるスコップが目に入った。

 男が穴を掘っていた、大きく頑丈そうなスコップだ。

 あれなら……武器にもなるんじゃないか?


 スコップを拾って、這い出てくる男を殴って、そのまま穴に埋めてしまおうか。そんな怖い考えが、ふと頭をよぎる。

 まともに喧嘩すらした事がない僕に、そんな事ができるわけがない。


 できるわけがないのに、僕の手はスコップに伸びていた。

 息が苦しい。

 何故かスコップは、なかなか掴めなかった。

 震える手が、スコップ周辺を漂うようにふらふらと揺れていた。


 穴から出て、立ち上がる男。

 男がこちらに顔を向けた。

「「ひぃ!」」

 男と僕の、短い悲鳴が重なる。


 男は腰を抜かしたのか、そのまま倒れて穴の中へ転がり落ちた。そんな男がどうなったのか、気にする余裕もなく、自分の足元へ視線を落とした。

 僕の足首を掴む細い指。

 中指と薬指は折れて、あらぬ方向を向いていた。


「タ……タスケテ」


 死んでいたはずだ。

 ぜったいに!

 死んでいるはずだ。


 シートに包まれていたのは女性だったようだ。その手が僕の足首を掴み、必死に絞り出した声で、僕に助けを求めていた。

 無理です。僕には何もできません。


「ひぃぃいやぁあああっ!」

 叫んだ僕は、その手をふりほどいて逃げ出した。


 あれは何だっただろう。

 穴を掘る男と、レジャーシートに包まれた女性。

 全部見なかった事にしよう。

 僕はそう決めて、次のスポットを探し始めた。

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