第46話 誘引、会敵

「……」


 先頭に俺、二番目はアレクシア、最後方はウェンディとリゼットが御者をする荷馬車が、大量の騎馬によって踏み固められた道を辿って行く。国の存亡をかけた戦いが迫っているからか、一行の口数は少ない。

 時折、スカディの首元から顔を覗かせるマフラーの「キュッ」という鳴き声が聞こえるだけ。


「……っ! 狼煙のろしだ」


 俺たちの行き先に真っ白な細煙がゆらゆらと立ち昇り始めた。

 あれは、俺たちに向けて本陣の位置を知らせる合図だ。目の前の峠を越えた辺りから立ち昇っているように見える。


 アレクシアやウェンディ、リゼットも狼煙を確認したのだろう。

 背後からアレクシアの急かすような気配が伝わってくる。が、生憎ここからは上り坂になるから速度は上がらない。俺たちは何とか日没までに本陣に到着できれば良いのだ。


「スカディ、ちょっと殿下に伝言を頼めるか? あまり飛ばし過ぎないようにって」

「えぇ~?」


 おい、さっきは俺に頼まれたら、心がぽかぽかするとか言ってなかったか?

 じーっとスカディの顔を見つめていると、真っ白な肌が紅潮していく。


「馬車を止める訳にはいかないから、優秀な相棒に頼むしかないんだよ」

「はぁー、仕方ないなぁルシェ様は」


 根負けしたように真っ白な息を吐いたスカディは、軽やかに地面に降り立つと馬車二つ分の距離を開けて進んでくるアレクシアの御者台へと飛び乗る。

 スカディが地面に降り立つ前、ちらりと見えた彼女の口元は緩みに緩んでいた……チョロいなぁ。


「伝えてきたよ、ルシェ様! ねえ、褒めて―?」

「よーしよしよし! 偉いぞスカディ!」

「えへ、えへえへ、えへへへへへ!」


 まるで大型犬を撫でるように、スカディの頭をわしゃわしゃと撫でる。

 これで良いのか、と思ってしまうがアテナ曰くこれで良いらしい。スカディも髪を乱しながら嬉しそうな声を上げている。


 そんな一幕もありつつ行軍を続けた結果、日没前にリーゼンフェルトたちの待つ本陣へと到着することができた。


「副団長以下輜重しちよう隊、到着しました」

「お疲れ、副団長。シュテルン男爵がいるから大丈夫だとは思ったけど、問題なかったみたいだねぇ」

「ええ。ところで団長は何をしていらっしゃるのですか?」


 えっさほいさと食料が荷馬車から降ろされていく間、暇そうに焚火たきびで暖を取っていたリーゼンフェルトへアレクシアが訪ねた。


「あぁ、ついさっきまでフォーデンブルク伯と周囲の地形を確認してたところだよ。面白い土地だよここは……俺の見立ては間違ってなかったってことだ」

「団長、私たちは――」

「焦っても良いことは無いぞアレクシア王女殿下。戦いは日の出と同時に始まる予定なんだから、ちょっと肩の力を抜いた方が良い」


 うー、さむさむ……と焚火に手をかざすリーゼンフェルトに対して、キッと目じりを吊り上げたアレクシアが食ってかかる。


「今はわたくしの身分の話はしていません!」

「そうカッカしなさんな。美人が台無しだぞ~?」

「~~~~~~~~~っ!!」


 怒るアレクシアに、あおるリーゼンフェルト。

 とうとうアレクシアはきびすを返して、足取り荒く去って行った。


「リーゼンフェルト殿、やりすぎでは?」

「あぁ、殿下にはあれくらいで良いのさ。それよりも、道中ご苦労だった」

「いいえ。先んじて魔獣を掃討いただいたおかげで、安全に物資を運ぶことができました」


 いつ魔獣に襲われてもいいよう、万全を期して食料を運搬してきた俺たちだが、一度も魔獣に遭遇することはなかった。

 以前、『国落とし』がこの付近を通っただけで、周囲の魔獣が『国落とし』の魔力にてられて手が付けられなかったのに、魔獣と遭遇すらしないのはおかしな話。


 となれば、目の前のリーゼンフェルトたちが魔獣を討伐して進んだからに他ならない。俺が頭を下げるとリーゼンフェルトは言った。


「あの時は言えなかったが、シュテルン男爵には礼を言わなくちゃならない。よくぞ先んじて行動を起こしてくれていた。お陰で、俺たちはフォーデンブルクを戦場にしなくて済んだ」

「いえ、本来なら独断専行は慎むべきだと思っています」

「そりゃ、召喚騎士団員ならそうだ。だが、シュテルン男爵は陛下に認められた立派な王国貴族。男爵のやったことは誰も責められないさ」


 なら良かった……。

 一応、怒られないだろうという考えの下での行動ではあったが、王国の中でも大きな発言力を持つリーゼンフェルトにそう言ってもらえてホッとする。


「あー、そうそう。男爵の天幕はあれね」

「わざわざありがとうございます」

「良いって事よ。あ、ちなみに布は薄いからおっぱじめるとすぐにバレるから。『国落とし』に殺される前に死にたくなけりゃ、気を付けろよ?」


 ニヤリと笑ったリーゼンフェルトに、ぽんぽんと肩を叩かれた。

 ん……? 何のことだ?


「……っ!? だ、大事な戦いの前にそんなことしませんよ!」

「はっはっは! 冗談だよ冗談。あ、そろそろフォーデンブルク伯とシュテルン男爵の召喚体も帰ってくる頃だよ」


 リーゼンフェルトが何を伝えたかったのかようやく気付いた俺は、慌てて否定する。隣にスカディがいるのに、急に何てことを言い出すんだ! 俺はキョトンと首を傾げたスカディを引き連れて本陣の外へ向かった。


「主様っ!!」


 本陣の外ではリーゼンフェルトの言う通り、オーゲンを肩に乗せたアテナが馬をなでているところだった。

 珍しくアテナが駆け出したから、オーゲンは驚いたように飛び上がる。

 駆け寄って来たアテナの手を取り、無事を確かめ合う。


「アテナ、まずは昨日からお疲れだった」

「いいえ! 私は主様の召喚体ですから、当然のことをしたまでです!」

「オーゲンも助かったよ。これ、フォーデンブルクで買ってきた新鮮な肉だy――ぅお!?」


 懐から肉の包みを取り出せば、上空で羽ばたいていたオーゲンが急降下して俺の手から包みごと持っていかれてしまった。長時間飛んでもらったからか、だいぶご立腹のようだ。アテナが申し訳なさそうに謝ってくる。


「す、すみません主様……」

「ロクに羽繕はづくろいさえできなかったんだ、オーゲンが怒るのもしょうがないさ」


 オーゲンは自らの羽根に相当なプライドを持っている。

 俺やスカディはおろか、主であるアテナでさえ無神経に手を伸ばそうものなら、威嚇してくるのだから。


「アテナ、ひとまず体を休めてくれ。明日は忙しい一日になる」

「はい……そうさせていただきますね」


 召喚体は疲労を感じない、眠らなくとも活動を続けることができるが、その負荷は確実に蓄積してここぞという時の判断を鈍らせる。

 アテナが素直に天幕へ向かったのを見届けて、俺はスカディとともにコルネリウスの下へ向かった。


「フォーデンブルク伯爵」

「おぉ、シュテルン男爵。貴殿の召喚体のお陰でだいぶ楽ができた。礼を言う」

「いいえ。それよりも、伯爵がお戻りになったということは……?」


 ところどころに焚いてある焚火で暖を取っていたコルネリウスは、うむと重々しく頷いて言う。


「遠目からではあるが、『国落とし』を目視した。監視は別の者が行っておるゆえ、心配ない。が、明日は何が起こるか分からない。男爵もよく休んでおくのだ」

「はい、分かりました」

「隊長殿と情報を共有しておかねばならない。では、失礼する」


 コルネリウスは軽く会釈をすると、リーゼンフェルトの本陣がある方へ去っていく。

 かくして日没を迎え、俺はアテナとスカディに挟まれながら目を閉じた。


 ――ガンガンガン、ガンガンガンッ!


 夜明けよりも一時間ほど早い時間。

 まだ山の向こうが真っ暗な時間に、静寂を破る警鐘けいしようの音で飛び起きた。


「おはようございます、主様」

「おはようアテナ。スカディも、おはよう」

「ん~、おはよぉ、ルシェさまぁ」


 いつもだったら二度寝三度寝を企むスカディも、この日ばかりは寝ぼけまなこを擦りながらむくりと起き上がる。いそいそと準備をして天幕を出ると、すでに周囲では朝食の支度が始まっており、湯気が至る所から上がっていた。


 冷水で顔を洗い、意識を完全に覚醒させたら朝ごはんを食べ、いよいよ『国落とし』討伐作戦が始まる。


「――報告ッ! 『国落とし』の誘引に成功しました!」

「物見より、ただいま『国落とし』が所定のポイントを通過したとの報告が入っております!」


 第一段階、成功。

 もう間も無く、平野の向こう側に奴が現れる。

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