Side.R ルシエルという幼馴染

「おぉ! 【召喚適性:B】ですな!」

「さあ、こちらで伯爵殿がお待ちだ」


 私、ハド村のリゼ。

 私には、召喚士としての素質があるみたい。


 村の男の子よりは召喚士アルノーへの憧れは薄いけど、でも、何だか周りから一目置かれているみたいだから、少しくらい得意げになっても許されると思う。


 気になるのはルシエルの召喚適性。

 ハド村で一番気に食わない男の子、ルシエルだ。


 数年前まで、畑の手伝いもせず村の女の子のスカートばかりめくだった。バカなルシエルに、いい子のリゼ、そのはずだったのに、ある時からルシエルは別人のように変わったのだ。


「ルシエルは優秀だな」

「あはは、ありがとうございます」


 親思いの可愛いリゼに、ろくでなしのルシエル。

 村では私が一番だったのに、いつの間にか私とルシエルの評価は逆転していた。


 ――気に食わない。

 だから私は努力した。ルシエルより褒めてもらおうと、手伝いでも教会の勉強でも何でも頑張った。でもルシエルは常に私の一歩、二歩先を行く。

 私より計算は早いし、私が読めない字が読めるようになっているし……とにかくいけ好かない。


 今思えば、自分が認められなくなったと思い込んだ子供の勘違いが発端ではあるけど、昔の私は随分とルシエルに強く当たっていたものだ。

 ルシエルは覚えていないかもしれないけど、私は今でも記憶に焼き付いている。


「【召喚適性:G】? クックック、驚かせよって。これほど低い適性は前代未聞だぞ?」


 私の後ろでずっとウズウズとしていたルシエルも、私と同じくらいの適性を持っているだろう、そう思っていた。


「えっ……?」

「はっはっは! これほど低い適性は見たことがない!」

「一体何が召喚できるのか、実に興味深いなァ!」


 適性検査をしていた大人がルシエルを笑っているのを見て、私たちもつられて笑った。笑ってしまった。


「あはは、なんて顔してるのよルシエル! 私が魔獣から守ってあげるから、貴方は村で待ってなさいよ!」

「あ、ああ、うん……すまない……」


 私が声をかけているというのに、私の顔も見ないで茫然としているルシエル。

 いい気味だと、ルシエルよりも優れた物を手に入れて、私はそう思った。ハド村壊滅の一報が知らされるまでは。


「――え?」

「リゼ、落ち着いて聞いてね。ハド村が、名付きの魔獣によって滅ぼされたの」


 王都に向かう途中、私たち適性の高い子供の護衛役を務めていたウェンディお姉様が、深刻な表情で私に告げた。

 ギュッと、誰かに心臓を鷲掴わしづかみにされたような感覚。最初は何を言われたのか分からなかった。


「生存者は、いないそうよ」

「皆、死んだの……?」


 現実を受け入れられない。

 お父さん、お母さん、村の皆…………そして、ルシエル。


 そんなわけがない。

 だって、だって! ルシエルは私が守るって約束したのに。私は、ようやくルシエルに勝てる何かを手に入れた。それなのに、なんでっっっ……!


「ぅ、ううう~~~~~~!!」


 涙が止まらなかった。

 ウェンディお姉様や他の子供たちになぐさめられても、ふとした瞬間に村のことを思い出してしまって、涙があふれてくる。


 以来、私は悪夢を見るようになった。

 皆が真っ暗な風に呑み込まれていく夢。お父さん、お母さん、仲の良かった女の子、決まって最後に呑み込まれるのは……ルシエルだった。


 皆、何も言ってくれなかった。

 夢だから、当たり前か。一人で残されるのが、こんなに辛いなんて……思ってなかった。


「一匹でも多く、魔獣を道連れにしてやる……ッ!」


 王都で召喚騎士見習いになった時、私は決意した。

 願わくば、私の手で村のかたきを討つ――四か月後、召喚に応じてくれたルイーゼと血のにじむような鍛錬を積み重ねていた私の下へ、村を襲った『嵐の孤狼』が討伐されたとの一報がもたらされる。


「そっか……死んだんだ、村の仇が」

「リゼット様……」


 私は、落胆したと同時に、どこかホッと安堵あんどした。

 どこの誰が倒してくれたのかは知らないけど、これで村の皆も安心して眠れるだろう。

 村の仇が討伐されてから、一時訓練に身が入らなくなった時期はあったけど、私は二人目の召喚体であるヨハンを召喚した。騎士団の人が言うには、【召喚適性:B】の中ではトップクラスに早いらしい。


「お疲れ様、リゼ。今日も頑張ってるね?」

「ウェンディお姉様!!」

「召喚騎士団に入るには、貴族位が無いといけないんだ。そこで、私の家――グライツァウ家の養子にならない?」


 ある日、ルイーゼとヨハンと共鳴を試みていたところ、ウェンディお姉様から養子にならないかと誘いを受けた。

 召喚騎士団は、召喚士ギルドと違って王に仕えるため団員の一人一人に由緒正しい身分が求められるらしい。


「ま、今では平民出身の召喚騎士も多いんだけどね?」


 曰く、召喚騎士団は人手不足で素質のある平民を養子にすることで、何とか体裁を維持しているんだとか。

 お姉様はウインクしながら、裏事情を教えてくれた。


「なります……私、召喚騎士になってこの国を守りたいです」


 こうしてハド村のリゼ改め、リゼット・グライツァウ男爵令嬢となった私は、召喚騎士団に入団を許された。以来、ウェンディお姉様の従騎士として国内を回っている。


 一五二〇年一〇月、お姉様と私はフェルテンドルフ伯爵からの支援要請によって、エルンテ地方へと赴くこととなった。そこで、私は衝撃の再会を果たすこととなる。


(生きてた、生きてた、生きてた!!)


 死んだと思ったルシエルが生きていた。

 お姉様の前でみっともなく、ルシエルに抱き着いちゃったけど私はそれだけ嬉しかった。


 だけど、ルシエルは変わっていた。

 ルシェなんて変な名前を名乗っているのもそうだし、何より雰囲気が違う。あと、すっごく綺麗な召喚体……アテナさんっていうんだけど、人型の召喚体を連れていた。


 召喚士をやってるなんておかしな話だ。

 ルシエルの召喚適性は前代未聞だって、検査官の人は言ってた。なのにアテナさんが力を解放したら、凄まじい圧力を感じた。


「――――――っ!」


 怖い。殺されるかと思った。

 お姉様の召喚体が身動きもできないなんて、何かがおかしい。ルイーゼとヨハンの様子もおかしいし……。


 その後はその……色々とあった。

 ルシエルは変わったけど、変わってなかった。 


 馬に相乗りした時、胸を触られた。

 いや、胸当てをしていたから、直に触られたわけじゃないけど……。ルシエルはやっぱり変態だ。


 ハド村のことを聞いた。

 ルシエルとアテナさんが、皆を埋葬してくれたらしい。私のお父さんとお母さんのことも聞けて…………本当に良かった。


 その日の夜、私は悪夢を見なかった。

 悪夢を見なくなった。


 このまま、魔獣が見つからなくてルシエルとずっと一緒に暮らせれば良いのに……。

 民を守る騎士の私が、そんな自分勝手な願いを持ってしまったからだろうか、幸せな時間はあっという間に終わりを告げた。


 東の村が壊滅した。

 お姉様と急いで現場に向かう。途中、濃い霧に呑まれながらも進むと、見るも無残に破壊され尽くした村があった。


「酷い……」


 村の中にも、調査で見つけた魔獣らしき足跡がくっきりと残されていた。ふと、ルシエルが言っていたことを思い出す。そういえばルシエルは、名付きの魔獣の出現を警戒していた。


「騎士リゼット、上級騎士ヴェンデルガルトが命じます。直ちに領都フェルテンドルフへ向かい、救援要請を行いなさい」


 お姉様が深刻な表情で命じてきた。

 私は霧の中を進んだ。進んで、進んで、私がたどり着いたのは壊滅した村だった。


 霧に囚われたのだと分かったのは、その時。

 この時点で、私たちにできることは何もなかった。


 私は、ここで死ぬのだろうか。

 ルシエルは無事だろうか。もし、もう死んでいたら――嫌な妄想が頭の中を支配する。


 その時、村の周りを覆っていた霧が晴れた。

 まるで幻覚を見ていたように、綺麗さっぱりと消えたのだ。


 お姉様からの命令で、ルシエルの居た村へ向かったけどそこで私は絶望という感情を味わった。濃い霧にはばまれて、村にたどり着けない。


 待って。

 待って待って待って!!

 ルシエルは【召喚適性:G】だから、私が守らなくちゃいけなくて、それで、それで……。


「ルシエル……ルシエル! ルシエル!!!」


 夢なら覚めて欲しい。

 ふざけるな。私は何のために召喚騎士になったんだ。魔獣を倒して、私みたいな人間を生まないために鍛えてきたのに……私はまた、何もできないッッッ!


 神様、どうかルシエルを助けてください。

 ただいのることしかできなかった。


「!? ルイーゼ、ヨハン!!」

「「ハ!」」


 その数日後、霧の動きを監視するために東の村から西の村を目指していると、霧がスッと消え始めた。私は馬のお腹を蹴ってすぐに霧の中へと飛び込む。


(どうか、無事でいて!!)


 村にたどり着いた私が見たのは、アテナさんともう一人真っ白で雪のような美少女に添い寝された、変態ルシエルの姿だった。


 一瞬で頭に血が上る。

 ふざけるな。私がどんな思いで無事を祈っていたか、馬鹿にされたみたいな気がして、気が付いたら目の前でルシエルが気絶していた。


 結局、後になって分かったのは『嵐の孤狼』を倒したのはルシエルとアテナさんで、今回の名付きの魔獣『霧の鹿角』を討伐したのもルシエルとスカディちゃんだった。


(恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい……!!)


 あの時以来、ルシエルの顔を見ると胸が苦しい。

 寝ても覚めてもルシエルのことしか考えられない私は、どうなってしまったのだろう。

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