第7話『嵐の孤狼』・上

 領都へ入って三日目。

 どんよりとした分厚い雲が空をおおい、結界を抜けて生ぬるい風が吹き付け――朝から妙に心がざわつく。


「嫌な天気だ。昨日までは晴れていたというのに……」


 どうにも居心地の悪かった俺は、アテナと共に避難民が生活している区画から出て壁門近くに陣取って昼食のサンドイッチを頬張っていた。壁門前では、ここ最近日常となった難民の受け入れがゆっくりと進んでいる。


「開門! 開門ッ!」


 結界が解かれ、慌ただしく壁門が開いたかと思えば町の中へ騎馬が複数駆け込んできた。乗っているのは……伯爵領を守護している召喚騎士。しかも、鎧とマントが妙に汚れている。


退かぬかッ!」


 何事かと人々が大通りへ繰り出して来ると、余裕なさげな表情を浮かべた召喚騎士は群衆に一喝いっかつして強引に城の方へと走り去って行った。


「どうしたのでしょうか……」

「分からんが、尋常じんじょうな様子ではなかったのは確かだ」


 穏やかだった昼下がり、人々は何か問題が起こったのではないかと不安げに顔を見合わせて、一斉に城の方角へ視線を向けた。背後からは、ギギギ……と音を立てながら壁門が閉まる音がする。


「おい、俺の見間違えじゃなかったら……召喚騎士様のマントが汚れていたぞ……」


 そんな中、信じられないものを見たように誰かがぽつりとこぼした。

 召喚騎士は、背負ったマントを汚してはならない。


 デウスブルク王国の紋章が金糸で刺繍ししゅうされた真紅のマントは、召喚騎士の守る王国そのものを現しているからだ。


 国の象徴しょうちょうが汚れている。明らかな異常事態に、不安は大きくなるばかり。

 次の瞬間、ゴウッと強烈な風が背中を襲ってきた。砂が舞い上がり、ヒューヒューと不気味な笛鳴りが鼓膜こまくを揺らす。


 風は一向に止む気配がなく、むしろ先ほどよりも激しさを増しているような印象さえ覚えた。眼を開けることすら困難な突風だ。


「キャア!?」

「な、なんだ!」


 耳朶を叩く轟轟ごうごうという風音に混じって、人々の悲鳴とガラスの割れる甲高い音が至る所から聞こえてくる。


「ご無事ですか、主様!?」

「あ、ああ……アテナのおかげで助かったよ」


 声をかけられて顔を上げると、俺の背後でアテナがアイギスの盾を展開して風を受け止めてくれていた。アテナが風除けとして立ってくれたおかげで、俺は飛んできた石や木で怪我を負わずに済んだ。


 が、周囲の様子を確認すると、活気に満ちていた町の光景は一変していた。


「う、うぅ……」

「何が……起きた」


 通りを行き交っていた人々は強風に耐え切れず倒れ伏し、石畳には割れたガラスや布が散乱している。街並みへ目を向けると、美しいレンガ造りの家屋は突風によって室内が滅茶苦茶に荒らされていた。


 悲劇はこれだけで終わらない。

 メキャッ――壁門のある背後から、金属がひしゃげる嫌な音が聞こえて来た。


「な、なんだ!?」

「門が、西門が……っ!」


 恐る恐る背後を振り返ると、閉じかけていた壁門が轟音を立てながら内側に倒れて来た。分厚い鉄の門が倒れた衝撃で石畳は砕け、もうもうと土煙が巻き上がる。


 顔を覆う間もなく壁門周辺が、茶色の煙に包まれて何も見えなくなった。

 まるで砂嵐の中にいるみたいだ。


「げほっ、げほっ!?」

「主様、大丈夫ですか?」

「ゲホ――あ、あぁ……」


 しゃべろうとしたら、じゃりじゃりと不愉快な感覚。

 口の中に砂が入ったようだ。幸いにも土煙は突風に吹かれて、上空へと舞い上がっていった。


「主様、早急に態勢を立て直す必要があります」

「……アテナ?」


 服に着いた汚れを払い落としていると、アテナが西の空をにらみつけている。視線を辿ると、早送り再生をしているような速度で暗雲が空を覆い始めていた。


「これは……ッ!」

「十中八九、ヤツの仕業で間違いありません」


 断続的に向きを変えながら吹く突風。

 風に残った不快な魔力が肌をで、二の腕がゾワリと粟立あわだつ。


(一体どこにいる……『嵐の孤狼』!!)


 魔力結界が展開されている間、外からの攻撃は受けないが逆もまたしかり。

 ひとまずは、目の前に広がる惨状さんじょうをどうにかしなければ。俺とアテナは西門付近を回って、崩れた家や倒れた家具の下から息のある人間を救出し始めた。


「大丈夫ですか!!」


 こういう時はアテナの権能の一つ、『都市ノ守護者ポリウーコス』が役に立つ。

 アテナが守る命の数によって、アテナの全ての能力が底上げされるという破格の権能だ。


「も、もうダメかと……本当にありがとうッ!」


 この家も、強風に耐え切れなかったのだろう。

 アテナが大きな瓦礫がれきを持ち上げている間に、俺と動ける領民たちで中に閉じ込められていた民を助け出した。


 ガンガンガンガン――!!

 日が傾き始めた頃、ようやく落ち着き始めた町へ早鐘はやがねが打ち鳴らされた。


「何だ!?」


 わずかに時間差を置いて、東・西・南の各門からも警鐘けいしょうの音が鳴り始めた。門が片方無くなってしまった西門の向こう側からは、空にまで巻き上がる竜巻が近付いてくる。


(主様、『嵐の孤狼』の攻撃かと思われます)

(何だと!?)


 素早く周囲へ視線を巡らせると、東西南北全ての門へ竜巻が迫りつつあった。竜巻は砂を巻き上げながらどんどん巨大かすると、勢いそのままに結界へ衝突しょうとつ。領都フォーデンブルク全体がグラリと揺れた。


「ヒィィッ! な、なんだ!」

「あ、あれは……『嵐の孤狼』の攻撃だ! 俺は見たことがあるッ!」


 通りへやってきていた難民の一人が、腰を抜かして尻もちをつく。男はガチガチと歯を鳴らしながら、門の向こうを指さしながら言う。


まずい。恐怖が伝染し始めると、止められないぞ)


「俺たちの村は……あの竜巻で全め――」

「皆、落ち着け! 悪名高い『嵐の孤狼』と言えど、所詮しょせんは魔獣だ。領都を守る結界は健在であるぞ!」


 が、幸いにも城門付近を守っていた金髪の兵士が、門の向こう側を指差しながら告げる。あの兵士は確か、城から派遣されてきたルドヴィク……だったか。


「……そうだ、結界だ!」

賢聖けんせい様の結界があれば、魔獣なんか怖くない!」

「それに伯爵様の『三従士さんじゅうし』ならば、奴にも――」


 ルドヴィクのお陰で、領民は一気に落ち着きを見せた。

 だが、安心するのはまだ早い。


 東西南北から押し寄せていた竜巻は、消えることなくどんどんと大きくなっていく。

 視界からはみ出るほどに太くなった竜巻は、各門を塞いでいる竜巻と融合。気付けば、領都フォーデンブルクを包み込むように巨大な竜巻が発生していた。


「なっ――!?」

「何だこれは!!」


 四方の門を抑えるように渦巻いていた竜巻が消えたかと思えば、一瞬にして周囲全てが風の壁に覆われてしまった。



「今日もお疲れ様だった」

「いえ、主様こそお疲れ様でした。」


 あの後、西門周辺は立ち入り禁止となった。

 万が一にも結界が消失した場合、西門は魔獣の侵入を防げず危険な場所となる。

 つい先ほど、フォーデンブルクの召喚士ギルドから召喚士が派遣されて、夜をてっして西門の埋め立てを行っているらしい。


 俺たちは今、宿にいる。

 救助を手伝ったお礼として、宿に泊まらせてもらえた。宿屋も強風によって大きな被害を受けているが、幸いにも寝泊まりするだけなら支障がないようだ。


「魔獣の動きをどう見る?」

「『嵐の孤狼』次第かとは思いますが、領都から逃がす気はなさそうですね」


 今も領都を覆うように吹き荒れる嵐によって、俺たちは籠城ろうじょう余儀よぎなくされていた。ただの籠城ではない、大量の難民を抱えての籠城だ。


 少なくない領民が家を失った現状を踏まえると、起こって欲しくなかった事態のうちの一つだろう。籠城ろうじょうが長引けば領都の食料は尽きる可能性がある。


「……狩り、か」

「――? 主様、狩りがどうされましたか?」

「おかしいとは思わないか、アテナ。どうして領都に、こんなに沢山の難民があふれているのか」


 おかしいと思ったのはついさっき。

『嵐の孤狼』であれば、村を捨てて逃げる難民たちを襲うのは、難しくなかったはず。現に俺たちは、『嵐の孤狼』の姿を見ることもなく攻撃を受けているのだから。


 つまり、西からやってきた難民は魔獣から逃げ切ったのではなく、襲われなかっただけ。むしろ、逃げ惑う人間を領都まで追い立てたのではないか。


 だから三つの村がここまで少ない犠牲でたどり着いたのだ。

 こう考えると、妙にに落ちた。


「――はっ!? だ、だから主様はだとおっしゃられたのですか!」

「ああ、そうだ。『嵐の孤狼』は恐らく――」


 一瞬の間。

 刹那せつな、アテナの金眼が驚愕きょうがくによって大きく見開かれる。


「俺たち人間を狩って、もてあそんでいるんだ」


 アテナの手がギュッとにぎめられた。

 真っ白な頬を怒りで赤く染めながら、強張った表情で西の方をにらみつけると、アテナは自身の感情を抑え込むように深呼吸する。


「主様、すみませんでした」

「いいや、『嵐の孤狼』に怒りを覚えるのは当然だ」


 アテナが申し訳なさそうに頭を下げるが、ポンと頭を撫でて顔を上げさせた。

 できることなら、俺とアテナの手で……仕留しとめたい。


「怒りは全て、奴にぶつけよう」

「はい……っ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る