第2話 アテナ

 時はアテナを召喚する三時間前までさかのぼる。

 デウスブルク王国では、十五歳になった子供を対象に【召喚適性】検査が実施される。


 俺は農奴の子ルシエルとして、フォーデンブルク伯爵の治める町――領都フォーデンブルクに居た。


【召喚適性:C】以上あれば、召喚騎士として任用されて王都で良い暮らしが待っているし、【召喚適性:E】でも召喚士ギルドに所属することで農奴の身分からは解放される。


「ハド村のルシエル!」


 多くの子供たちが適性なしと判断されて会場を出ていく中、俺の名前が呼ばれた。視線を集めながら壇上へ上り、適性を判別する石板へ両手を置くとまばゆい光を放ち始めた。

 否応なしに期待が高まるが、果たして俺の召喚適性は――。


「え…………?」

「【召喚適性:G】? クックック、驚かせよって。これほど低い適性は前代未聞だぞ?」


 結果は前代未聞のG。

【召喚適性:A】が最高で、【召喚適性:F】が最低と言われていた中でそのさらに下をいく適性だったのだ。会場で良い笑いものになった。幼馴染の少女も嬉しそうに笑っている。


 最悪だ。これでは適性があっても何の役にも立たない。

 俺も適性の無い子供と同じく、村へ帰ることになった。


 一生を棒に振ることが確定した日の夕方、多くの子供と同じく村へ送り返される最中さなか、それは現れた。

 真っ黒な毛並みの巨大な狼が、爛々らんらんと金色の瞳を輝かせながら先頭の馬車に突っ込んだのだ。突然のことに、誰も事態を把握できていなかったと思う。


『ウオォォォォン!!』


 木が割れるメキメキッという音と共に身もすくむような、恐ろしい遠吠えが辺りに響き渡った。

 泣きっつらはちとは、まさにこのことだろうか。


「こんな内地に魔獣だと……!」

「こ、こいつ、『嵐の孤狼』じゃないか!?」

「バカな!」


 馬車と並走していた召喚騎士の声が聞こえてきた。

 名付きの魔獣だと!? ふざけるな、なんで今日なんだ!


「くそっ、何でこんなところに出やがった! 行け、少しでも時間を稼ぐんだ!」

「……」


 召喚騎士の隣を追走していた自我のない騎士が、命令を受けて『嵐の孤狼』目がけて馬を走らせる。

 すれ違いざまに剣を一閃するも、効いた様子のない『嵐の孤狼』は怒ったように一度えて太い尻尾を一振り。


 避ける間もなく、ガラ空きだった胴体を打ち据えられた召喚体は、地面に叩きつけられる前に馬ごと光の粒となって消滅した。


「あ……あぁ……」


 頼りにしていた召喚体が送還されてしまったことで、馬車の中は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。


 どうせ、逃げても無駄だ。俺は【召喚適性:G】の無能なのだから。

 馬車に乗っていた他の子供が我先にと逃げ出す中、俺は膝を抱えてうつむくことしかできなかった。


「その後はお察しの通りだ。召喚騎士も子供も関係なく、『嵐の孤狼』によって俺以外は全員殺された」

「なるほど……そうでしたか」


 血の海を見まわしながら、アテナは悔しさをにじませながらため息を吐いた。アテナは槍の石突いしづきを地面に突き立てると、右手を胸に当てて瞑目めいもくする。


 まともな遺体なんて一つも残っていない。

 唯一、残っているのは俺が召喚紋章紙を頂戴ちょうだいした召喚騎士の上半身のみ。


 穴を掘って簡単に埋葬を済ませると、俺とアテナはハド村へ足を向ける。

 正式に農奴となった俺はフォーデンブルクへ入れない。召喚騎士が『嵐の孤狼』と呼んでいた魔獣のことを警告しようにも、村の村長に報告するしかないのだ。


「何とか日暮れ前に着いた……な――ッ!?!?」


 歩くこと一時間、日暮れ前には何とか村にたどり着けた。

 俺はこの日、何度目になるか分からない衝撃を受けるととなる。


「何だ……なんだ、この臭いは……」


 妙な静けさと鉄の臭いが辺りに満ちていた。

 いつもだったら悪ガキどもの騒ぎ声や炊事の音、村の周囲からは虫や小動物たちの泣き声が聞こえてくるはずなのに、一切音が聞こえてこない。


 まさか――――嫌な予感が脳裏をよぎる。

 こらえきれず、村へ上る小道を駆けあがると目の前には……何もなかった。


「村が…………村が、無い」


 小道を駆けあがった先には、目を疑うような光景が広がっていた。

 そこにあったのは、嵐に見舞われたと思うほどに破壊された村の姿。


「主様、これは……」


 背後から気遣うようにしてアテナが声をかけてきた。

 分かっている。十中八九、『嵐の孤狼』にやられたのだろう。


 気付けば、俺は村へ向けて歩き出していた。

 何だろう……足元がフワフワとして凄く歩きづらい。


「主様っ!」

「アテナ……すまない」


 地面に転がっていた木片につまづいて転びかけた時、後ろについて来ていたアテナが支えてくれた。

 家の残骸ざんがいを避けて村の中へ入ると、被害の状況が鮮明になる。


「誰か、誰かいないか! 俺だ、ルシエルだ!」

「…………」


 静まった村へ呼びかけてみるも、返事は帰ってこない。

 家は根元から吹き飛ばされ、村の中に生えていた木々もみきが折れて倒れている。


 村の中ほどにある俺の家も無残な状態になっていた。

 もはや家と呼べるような形ではない。柱は折れ、支えを失った家はぺしゃんこにつぶれている。


「くそっ……くそ――――!!」


 無力感のあまり、ギリッと歯をかみしめた。

 何が英雄アルノーだ、何が立派な召喚士になる、だ。俺は大切な家族さえ助けられなかったじゃないか!!


 胸の内に感情の嵐が吹き荒れる。怒り、悲しみ、絶望……どす黒い感情が噴き出そうになったその時、アテナが俺をそっと抱き締めていた。


「アテナ……?」

「主様、主様とご家族がどういう方々だったのか、この私に教えてはくれませんか?」


 優しい声色で、頭を撫でられている。

 温もりに包まれた俺の体から、力が抜けていく。そういえば、アテナと出会ってから自分の名前さえ伝えていなかったっけ……。


「俺の名前は、ルシエルっていうんだ――」

「ルシエル様……素敵な響きです」


 ポロリ、と胸に押しとどめていた思いが溢れ出すのに時間はかからなかった。

 頑固な父にいつも笑顔の母、少し意地悪だけど頼りがいのある兄弟に可愛い妹……最愛の家族だ。


「俺、立派な召喚士になって両親を楽させてやりたかった……家族を、守りたかった」


 朝、村を出る時に誓ったのだ。

 召喚士になってみせると。


「うぅぅ…………」

「我慢しなくて良いのです主様、ここには私しかおりません」

「――!!」


 耐えられなかった。

 せきを切ったように涙が溢れ出す。


「愛しい私の主様、大丈夫、大丈夫ですよ……これからは、私が主様をお支えします」


 ぽん、ぽん、と頭と背中が撫でられる度にとめどなく涙が流れ落ちる。

 気が付けば俺は、アテナに膝枕されていた。周囲は暗闇に覆われ始めており、野営の準備をしなければならないはず……。


「主様、しばらく私の膝でお休みください」

「でも……」

「良いのです。一度休んで、それからまた頑張れば良いのです」


 体を起こそうとしたが、やんわりと肩を押し返されてしまう。

 心身ともに疲れ切っていたからか、アテナに誘導されるように眠りに落ちてしまった。この夜、俺は夢を見た。

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