下戸な僕は、お酒好きな後輩からのお誘いを断れない
とりあえず 鳴
必要な存在
「先輩、お仕事終わったら飲みに行きましょ!」
今日も来た。
夏が終ったのか、稀に涼しい日があったりなかったりするような季節。
今日も今日とて幼さの残る顔立ちで、元気いっぱいな後輩女子から飲みのお誘いをいただいた。
僕は
「えっと、何度も言ってるけど、僕はお酒飲めないんだよ?」
「はい! 何回も聞いてるので知ってます!」
「それならなんで僕を誘うの? 飲めない人とお酒飲みに行っても楽しくないでしょ?」
「はて?」
後輩さんが首を傾げて不思議そうな顔をする。
「私は先輩と一緒なのが一番楽しいですよ?」
「……ありがとう」
これだから困る。
これが僕を飲みに誘う為の演技とかなら誘いを突っぱねることもできるけど、この子の場合素で言っている。
僕の勘違いで、本当は嘘しか言わない魔性の女とかの可能性もあるけど、この子に関しては絶対にありえない。
なぜなら……
「自分で言ったんだから照れないでよ」
「て、照れてないし! じゃなくて、照れてないですし!」
顔を真っ赤にしながら理不尽に僕にジト目を送るこの子がそんな嘘をついてるなんて思いたくない。
「先輩は、私と一緒、嫌ですか……?」
「俳句かな?」
「……」
後輩さんがしゅんとする。
今のは僕が悪い。
「ごめん。嫌じゃないよ。あなたが嫌じゃないなら元から行くつもりだったし」
「私から誘ってるのに嫌なわけないじゃないですか。それと『あなた』は嫌です!」
「うん、ごめんね。じゃあお仕事終わったら一緒に行こうか」
「先輩のいじわる」
後輩さんはそう言って自分の机に戻って行く。
「女の子の名前なんて恥ずかしくて呼べないって」
仕事とかでなら全然呼べるけど、雑談中に本人を前にして女の子の名前を呼ぶのは僕にはハードルが高すぎる。
だからいつも怒られる。
「呼ばれたいものなのかな?」
女心と秋の空と言うし、普通の人でも女心が分からないのに、女性と学校と仕事でしか接してない僕に分かるわけがない。
あの子ぐらいだ、プライベートな付き合いをしてるのわ。
最近では週に少なくとも二回は一緒に飲みに行ってるような気がするけど、気のせいだったかな?
「っと、仕事しないと。終わらなかったら元も子もないし」
色々と考えるのは仕事を終わらせてからにする。
もしもあの子よりも後に終わったものなら、終わるまでずっと隣でいじられるから。
それも嫌な気持ちはしないんだけど。
「お仕事しゅーりょー。行きますよ先輩、オアシスへ!」
「うん」
無事に定時退社し、僕が片付けをしてたのを見て少し残念そうにしてた後輩さんと一緒に会社を出た。
いつも思うけど、この子はいつも元気で尊敬する。
「先輩、おてて繋ぎます?」
「大丈夫だよ。ついて行くから」
「本当ですか? 私と間違えて違う子について行きません?」
「他の人ならまだしも、あなたを他の子と間違えるなんてしないよ」
このやり取りも毎回のこと。
この子は僕をからかってるわけではなく、心配から言ってくれている。
なぜなら僕は極度の方向音痴で、一人だと地図を見ないと目的地に辿り着けなく、地図を見ててもたまに辿り着けない。
一度だけ現地集合で誘われた時に迷子になったことがある。
無事に辿り着けたけど、そのことがあったから毎回手を繋ぐかと言ってくれる。
「私なら間違えないんですか?」
「うん」
「それってぇ、私が他の誰よりも可愛いからですかぁ?」
「それもあるけど、あなたはずっと僕に話しかけてくれるから隣に居たら絶対に見失わないよ」
後輩さんが顔を両手で隠してうずくまった。
この子はたまにこうすることがあるけど、何をしてるのか聞くと毎回「先輩のせいです!」と、怒るだけで理由を教えてくれない。
僕のせいなら直したいんだけど、理由を教えてくれないし「別に直さなくていいんです!」と、更に怒られてしまう。
「……先輩ってほんとに私のことが大好きなんですから」
「嫌いになる要素無いからね」
「つまり私の全部が好きだって? おいおい、そんな恋人の両親に挨拶に行って『娘のどこが好きなんだ』って聞かれた時に答える駄目な例みたいなこと言われてもなぁ」
「特に好きなところ? まずは元気なところだよね。後は仕事で失敗しちゃった時に落ち込んでもすぐに切り替えて取り返すところも魅力的だね。僕みたいな愛想の無い相手にも笑顔で接してくれるし、僕が迷子にならないように心配してくれる優しさも──」
「私が悪かったので許してください」
後輩さんの魅力を正確に説明していたら後輩さんに頭を下げられて止められてしまった。
やっぱり女心は難しい。
「まだあなたの性格とかの魅力しか言ってないのに。くしゃみが可愛いとか、休憩の時間に何もすることなくてボーッとしてるのが可愛いとかは──」
「ん〜」
耳まで真っ赤の後輩さんに腕をポスポスと叩かれる。
こういうところも可愛いところの一つ。
「なんで私の名前は呼べないくせにそういうことは言えるんですか!」
「事実を話してるだけだから?」
「この鈍感天然……ま、め!」
最後の方が少し聞こえなかった。
だけど後輩さんはそっぽを向いて話してくれそうにないから聞くことはしない。
「怒った?」
「怒りました。怒ったので今日は先輩に愚痴を聞いてもらいます」
「また何か言われたの? 本当に嫌になったら言ってよ? 僕が何をしてでも何とかするから」
後輩さんは優秀だ。
優秀すぎると言っていい。
だから好かれやすく、嫌われやすい。
僕からしたら仕事をちゃんとしてくれる人はとても嬉しいけど、それが鼻につく人もいて、そんな人から理不尽なことを言われたりしてるようだ。
今のところハラスメントらしいものは受けてないと言ってるけど、もしもの時は辞めるのを覚悟で僕が何とかする。
出来るかは分からないけど、僕に出来ることは何でもするつもりでいる。
今はこうして飲みに付き合うぐらいしか出来ないけど。
「先輩ってほんとに彼女いない歴イコール年齢なんですか?」
「うん。僕を好きになる人なんていないし」
「好きが分からないタイプですもんね。私のことは大好きみたいですけど♪」
「そうだね」
また腕を叩かれた。
なぜか今のはさっきのよりも少しだけ強かったような?
どこか後輩さんが拗ねてるように見えなくないけど、お店に着いた。
いつもの居酒屋。
後輩さんに誘われた時しか居酒屋になんて行かないから分からないけど、毎回同じ席に座れるこのお店は大丈夫なのだろうか。
一応僕達は仕事終わりに来てるのだけど、お客さんがまばらにしか居ない。
そのおかげで後輩さんとのんびり飲める(僕はアルコール無し)からいいんだけど。
「今日はちょっとご機嫌ななめだからハイボールかなー」
「そういう決まりあったの?」
「特に無いですよ? いつもなんとなくで選んでるんで。今日はずっとハイボールな気分です。先輩は今日も抹茶ラテで?」
頷いて答える。
下戸でお酒が飲めない僕が居酒屋に来て頼むものは抹茶ラテ。
理由は単純、抹茶が好きだから。
「私抹茶苦くて飲めません」
「僕も学生の時は飲めなかったよ? でも、飲んでたら好きになってた」
「私達って好きなものと嫌いなものが真逆ですよね。相性悪いのかな……」
後輩さんがまたもしゅんとする。
「好みが逆ってむしろ相性良いんじゃないの?」
「なんでですか? 同じものを楽しめないんですよ?」
「同じものを共有は出来ないけど、相手の苦手をカバー出来るじゃん。もしも僕がお酒を断れない状況になったとして、隣にあなたが居たらこっそりコップを変えたり出来るし」
極端な話だけど、確かに同じものが好きなら一緒に楽しむことが出来る。
でも、好き嫌いが真逆なら、相手のことをカバー出来て、言い方はあれだけど必要性が増すような気がする。
「なんかさ、僕にはあなたが必要って感じしない?」
「……最初と最後削ってもう一回お願いします」
「んかさ──」
「『僕には』から『必要』までです!」
怒られた。
そんなに重要なことを言っただろうか。
言うけど。
「僕にはあなたが必要」
「……録音するのでもう一回」
「やだよ。なんか恥ずかしいし」
「言ってくれたら今日のお代は私が出します」
「それなら絶対にやだ」
飲みというのは割り勘が普通なのだろうか。
僕と後輩さんの場合は後輩さんが絶対に誘うから誘った側が払うか、少し多く払ったり?
それとも完全に自分が頼んだ分だけ?
飲みの普通が分からないけど、僕は同意の上で来てるのだから最低でも割り勘じゃないと嫌だ。
それに──
「こうなるからね」
「にゃんれすかしぇんぱい! ひゃんとわらひのはらひひいへるんれふは!」
ハイボール二杯。
それが今日後輩さんが飲んだお酒の数だ。
普通がどれぐらいか分からないけど、多分後輩さんはお酒が好きだけどお酒に弱い。
「そして今日は絡み酒か。これ何言ってるか分かりにくいんだよね」
後輩さんは酔いやすく、酔いのレパートリーが豊富だ。
今日は絡み酒だけど、笑い上戸だったり泣き上戸だったりと、色々な後輩さんを見せてくれる。
総じて可愛いんだけど、全部最後は決まってるからそれまで待つ。
「だからしぇんぱい! わらひはおこっへまふ!」
「うん、何に?」
「しぇんぱいがしゅにんのおむねをみしゅぎなことにれふ!」
「そんなことないよ。だからあんまり女の子がそういうことを言わないでね」
主任は確かに女の人で、その……まあそうだとは思う。
僕は人の顔を見るのが苦手で、人と話す時は相手の耳辺りを見るようにしてるけど、下向きな性格だから視線が勝手に落ちていく。
だからそう見えてもおかしくは無いかもだけど、断じて見ては無い。
見ても恥ずかしくなってすぐに逸らすし。
「やっぱりしぇんぱいもおおきいのがしゅきなんれふね……」
「そういうのは分からないかな。だから自分のを触るのやめよ。ここ人の目あるからね?」
未だに席に空きはあるとはいえ、僕達が来た時よりは人が増えている。
そんなところで後輩さんみたいな可愛い子が胸を触っていたら色々とまずい。
「しぇんぱいもさわります?」
「なんでそこだけ滑舌戻ってんの。いいから触るのやめなさい」
「じゃあとなりきてくらさい!」
「分かった」
これで終わる。
後輩さんは酔うと何かしらの不満を僕に話す。
そして最終的に僕を隣に座らせ、そして寝る。
それがいつものルーティン。
寝るまでに色々ある時はあるけど、後輩さんは酔った時のことは記憶に残らないタイプらしいので、僕が墓まで持っていけば全てが丸く収まる。
「来たよ」
「じゃあろうぞ」
「こっち向いてどうしたのかな? そろそろいい子のあなたはおやすみじゃない?」
「ころもあつかいひないれくらはい!」
「もしも子供がいたならあなたみたいないい子がいいな」
「じゃあけっこんしましょ?」
「そういうことは言えるんだよな。結婚ね、あなたとならそれも悪くないんだけど」
言ってて恥ずかしくなってきた。
どうせ後輩さんも忘れるんだし、僕もたまには言いたいことを言ってもバチは当たらないだろう。
「……」
「変なこと言ったな。ごめん、わす……れるか。テンパってる──」
僕の肩に後輩さんの可愛い顔が落ちてきた。
居酒屋の中でもふわっと香るいい匂い。
「寝ちゃったか。帰ろっか」
後輩さんが髪を食べないように耳に掛け、起こさないように背中に背負う。
これも毎度のことなので慣れたものだ。
伝票を持ってお会計に向かい、店員さんも「いつもお疲れさん」と、声をかけてくれるようになった。
こういうのを『役得』と言うのだろうか。
知らないけど、いつも通りお会計を済ませ、いつも通り後輩さんを背負って後輩さんの住むアパートに向かう。
もちろん後輩さんの部屋に入ったことなんて無い。
というか後輩さんの住むアパートは女性専用らしく、男は入れてもエントランスまでらしい。
後輩さんは酔うのが早いけど、その分酔いが覚めるのも早くてエントランスに着く頃には一人で歩けるぐらいに回復している。
だから着いてからの心配は無い。
あるとしたらこの子が女性専用のアパートに住んでる割に僕という男を信用しすぎなところだ。
僕としては信用してくれて嬉しいけど、僕だって男なんだから後輩さんの女の子の部分を背中に感じて何も思わないわけじゃない。
さっき主任の……とか言ってたけど、この子も別に無いわけじゃない。
というか人目を引くぐらいにはある。
だから毎回背負うと甘い匂いや柔らかさにやられ、男を出さないようにするのが辛い。
僕としてはこの子とこのまま仲良くしていたいから、僕の一時の過ちで嫌われたくない。
なのにこの子は……
「しぇんぱぁい、しゅきぃ」
「人の気持ちも知らないで……」
可愛い寝顔で可愛い寝言を僕の耳元でアパートに着くまでずっと言っている。
何もしてない僕を誰か褒めて欲しい。
据え膳食わぬは?
知らないし。
「この子を失ったらまた一人だもんね。今までに戻るだけだけど、この子がいなくなったら嫌なんだよなぁ」
夜空の星を見ながら呟く。
僕にはこの子が必要なんだ。
この子が……
「僕には
星空と書いて『せあ』と読む。
最近の子の名前は読むだけで難しい。
後輩さんの名前を呼ばないのは恥ずかしいからだけど。
「私にも先輩が必要です」
「え?」
「しぇんぱい、しゅきぃ」
気のせいか。
とにかく、後輩さんに嫌われない為にも理性を保って頑張る。
だから寝てるとはいえ強く抱きしめるのはやめてください。
そうして僕は理性と戦いながら後輩さんをアパートまで送った。
その日から飲みに行く回数が増えたのはまた別の話。
下戸な僕は、お酒好きな後輩からのお誘いを断れない とりあえず 鳴 @naru539
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