60秒じゃ終われない 〜1分で読める短編集〜

寿 司

34.0度

 熱に溶けるチョコレートのような未成熟な感情がハート型の箱に伝わっていくと小さく震えていた。「好きです」だなんて、たった4文字の言葉が口の中で咀嚼そしゃくしきれずに放課後のチャイムが鳴る。


「いつチョコ渡しに行くんだ?」と幼馴染のコイツが正面の席からコチラに振り向くと、ちょっかいをかけてきた。


「うるさいな、ヤジ飛ばしにきたの?」


「当たり前だろ?お前がバレンタインに男子にチョコあげるとか初めてじゃん」


「いいでしょ、べつに...。アンタはチョコ貰えなくて暇なんでしょ?」


「渡されたよ、チョコ。断ったけどね」


「え、なんで?」


「甘いもん苦手なんだよ」


「一緒に謝ってあげるから、貰ってきな?」


「オカンか。いいんだよ」


「あっそー」


「あ!おい、それより、お前が好きな一条いちじょうのヤツ、帰るみたいだぜ。追いかけるぞ」と彼は言い、私の手を引いて一条くんの後ろを追いかけた。一条くんは背が高くて、目がギャルよりもパッチリとしている美男児だ。左利きでバスケ部で数学が得意。みんなの憧れの的だった。


 体育館に向かう一条くんを追いかけるように彼が力強く引っ張るので、私はその手を振り切ると逃げ出してしまった。


「逃げんな、ちょ」と彼が言い、私をすぐに追いかけた。私は運動が苦手だからすぐに追いつかれて、校舎裏へと彼に連れて行かれる。


「なあ、いいのかよ。アイツに気持ち伝えなくて、絶対後悔するぞ」


「...でも、怖いし」


「分かるけど、俺はお前には後悔して欲しくなくて...」


 そう言われる前に、私は彼の胸板に飛び込んでぎゅっと抱きついた。ずっと変わらない桃の柔軟剤じゅうなんざいの匂い。


「...すきです」


「...え、はあ!?」と大きな声でコイツが言い、抱きついた私を剥がそうとするので私は彼をより強く抱きしめた。すると、彼はすんなりと諦めたので、私も腕の力を弱める。


「...いつから?」


「...ずっと」


「...なんで?」


「...言わない」


 彼は短い後ろ髪をシャカシャカと撫でると小さく溜め息を吐いて、私の手に持つハート型の箱を奪った。「あ...」と熱の籠った顔を上がると、彼は箱の中のチョコレートをムシャムシャと食べ始めていた。


「チョコ嫌いなんでしょ、無理して食べなくていいよ」


「いや...べつに。好きだよ」

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