独身の四十代で左遷された中間管理職はゲーム世界に転移して幸せを掴み取る。〜魔王が死ぬと世界が終わる。だから俺は、魔王軍を立ち上げた〜

書峰颯@『いとこ×なじみ』配信開始!

第1話 転生先は天国でした。

新作投稿しました。

宜しくお願いします。

※10月25日 改稿しました。


——————


 この世の中、ハラスメント地獄と言われるぐらいにはメンタルを守ろうとする動きがあるのだが、どうやらそれはお偉いさんがのたまう程度の話で、末端の現場までは行き届いていないらしい。


 しょうもないクレームで顧客先まで頭を下げに行き、それがなぜ発生したクレームなのか報告書を上司へと上納し、現場サイドからの突き上げには柔和に応える。


 一から十まで俺が原因じゃないことで頭を下げ、しょうもない上司からのツッコミに愛想笑いを浮かべ、頭を下げ続けた現場サイドからは使えない上司だと文句を言われる。中間管理職の醍醐味だ。


「……なんかもう、ダルイな」

 

 最近だと、唯一の趣味だったゲームですらまともに遊べる気がしない。というか遊べてない。最新のゲームって覚えること多すぎて、そもそもがとっつきにくい。昔は覚えることが楽しかったはずなのに、最近だと何も頭に入ってこないんだ。


 覚えられない。

 それもそうか、俺もう四十だもんな。


 中途半端に生きてきて、嫁も子供もいない、ただただ何となくの日々を生きるだけ存在。両親も早くに亡くしちまったし、俺が今この瞬間に死んだとしても、悲しむ人なんか誰もいない。


「なんの為に生きてんだろうな、俺」


 遊んでいるゲームだって、もう何度もクリアしたレトロのRPGだ。この先どんなイベントがあってどんな敵がいてどんな結末を迎えるのか、全部分かる。


 それでも昔は楽しかったんだ。

 だけど今は、もうただただ虚しいだけ。

 

 ストレスで頭もハゲちまったし、運動不足で階段上がるだけで息が上がっちまう。反射神経だって鈍ってるんだろうな、アクションゲームはもっぱら購入せず、誰かがプレイしている動画を見る専門だ。


 昔は遊びの最前線だった。

 今はもう、唯一の趣味ですら置いてかれてる。


「君、ちょっといいかな?」


 毎日が土色の生活。

 そんな俺へと、上司は言った。


「君の対応が悪いと顧客からクレームがあってね、担当を外せと言うんだ。ああ、もちろんこちらからも謝罪はしたが、先方へと君を行かせる訳にはいかなくなってしまった。こんな事があっては君も辛いだろう? どうだろうか、少しばかりリフレッシュ休暇を取ってみては? その後は君の働きやすい部署への異動も検討している。まぁ……少し君は根を詰めてしまったのだろう、ゆっくりと休むといい」


 クソ丁寧なハラスメント対策まみれの言葉によって、俺の降格が遠回しに決定されてしまった。リフレッシュ休暇か、覚えられないと諦めていたアクションゲームをやり直すいい機会でもある。そう受け取っておくとしよう。


「あの課長代理、ついに干されることになったよ」


 夜、休暇前に残務整理をしていると、この場にいるはずの無い男の声が聴こえてきた。席を立ちひょいと覗き見ると、営業課の俺の後輩と、現場の責任者のオッサンだ。


「そうなんですか? 良かった、これで現場もきちんと周りますよ。アイツ、仕事しろ仕事しろって煩いんですよね。土地柄とかそういうのもあるんですから、何もかも都会と同じやり方を強要されたら、顧客だって参っちゃいますよ」


「顧客へと告げ口したのも君なんだろ?」


「へへへ……まぁ、現場を守るのが現場責任者ですからね。でも、主任も顧客に口裏を合わせていたとか? さすが、次期幹部は違いますね」


 そうか、俺はどうやらハメられたらしいな。


 与えられた仕事もせずに毎日毎日スマートフォンをいじり、自分たちの職務を完全に放棄していることがお前達にとっての仕事か。


 車で通勤しているのに電車代とバス代を請求し、余った金で女遊びをしていることを指摘することだって俺の間違いだってのか? なんかもうバカらしくなってきたな。


 未練も何もない。

 きっぱり退職して自由の身になりたい。


 だが、四十歳になった今、転職活動なんか上手くいくはずもないし、このまま我慢するしかないんだよな。こういう時に無駄に冷静になれてしまう自分が恐ろしいよ。


「え……先輩、いたんですか」


「課長代理、お疲れ様です」


 ああ、お疲れ様、無届残業していたお陰で楽しい話しを聞くことが出来たよ。どうせ明日からしばらく顔を合わせる事もなくなるんだ、良かったな。


 そう言いながら、俺は二人の肩をポンと叩き、会社を後にした。


 後日、会社から連絡が入り、俺の降格どころか県外への異動が知らされることになった。どうやら俺が、主任と現場責任者へと手を出したことになっているらしい。


「君は他人の会話を盗み聞きし、気に入らない内容だったが為に暴力行為に及んでしまったのだろう? 事務所に設置された監視カメラが全て記録している。肩に触れただけ? ああ、そう見えるが、触れたことは事実だ。パワハラと同じ、受けた側が被害を訴えればそちらが勝つ。だが、2人は被害届は出さないと言ってくれた。異動は最大限の善処だ、君も異論を述べたりせず、甘んじて受け入れて欲しい」


 マジメだけが取り柄だった。

 何があっても耐えられるメンタルがあった。


 だが、こんなにも理不尽な目に合わせられたのは初めてだった。気に入れないから追い出す、ただそれだけの群れの心理。気に入らなかった。


「課長代理、引っ越しの手伝いに来ましたよ」


 社宅から県外の社宅へ。


 引っ越しの当日、なぜか主任と現場責任者の二人が俺の引っ越しを手伝いに来た。上司に命令されたというのだから、恐らく謝罪の言葉でも最後に言いに来たのであろう。


 すみませんでした。

 その一言が聞ければ、もうそれで水に流そう。

 そう思いながら、二人を受け入れる。


「先輩の家、ゲームめっちゃありますね」


 俺にとっての唯一の娯楽。

 彼女もいない友達もいない。

 仕事とゲームだけが俺の人生だ。


「ふーん、あ、手が滑っちゃった」 


 がしゃん。


 主任が手にしていたゲーム機の本体を床に落とすと、現場責任者がそれを踏みつける。


「あっと……主任、急に落とさないでくださいよ。踏んづけちゃったじゃないですか。あーあ、もうこれダメですね。じゃあゴミとして捨てちゃいましょうか」


「おっと、また落としちゃった」


「もう……しょうがないですね」 


 次々と俺のコレクションを破壊していく。

 止めてけれと彼の手を掴もうとするも。


「触れないで下さい、全部録画してありますよ? 先輩は既に前科一犯なんですから、次はマジで警察沙汰になりますけど、それでもいいんですか?」


 今、お前らがしていることの方が犯罪じゃないのか。


「僕たちの部分は削除するに決まってるじゃないですか。報道と同じ、クローズアップされた部分だけ世間は信用するんです。先輩が僕に触れ、逃げるところだけを提出してあげますよ」


 理由を聞いた。

 なぜ、こんな酷いことをするのか。


「無能が上にいるのって、ムカつきません? 邪魔なんですよ、貴方がいなくなれば僕が課長代理だ。そしてゆくゆくは課長になり、部長、もっともっと上を目指せる。とりあえず、今は下を飼いならすための練習って感じです。逆らわないで下さいね、先輩」


 自分のため、つまりはそういうこと。

 

「おっと、また落としちゃった」


「もう……主任、気を付けてくださいね」


「さて、次は……クリスティアン・サーガ? なんだ、随分と古いゲームですね。おーっと、また手が滑っ————」


 気づいたら、主任の手をつかんでいた。

 そのゲームは、破壊してほしくない。

 生まれて初めて、親が買ってくれたゲームだから。

 もう今はいない、両親が買ってくれたゲームだから。

 

「あー! 握られた! いってー! 急に何すんですか先輩! こっちは引っ越しの手伝いに来ただけなのに! 離してください! 誰か助けてー!」


 何がなんだかもう、分からなかった。

 掴んだ手を引き、俺は主任の顔を殴りつける。

 

「ぼぼ、暴力行為だ! 警察を呼ばないと!」 


 現場責任者が何かを訴えていたが、俺にはもう、何も聞こえなくなっていた。主任の手からゲームソフトを奪い取り、胸に強く抱きしめうずくまる。


「いってぇな……クソジジイが」


 邪魔をしないでほしい。

 俺はもう、何も望んではいないのだから。

 

「あ、そうだ。正当防衛って、確か殺しても許されるんですよね。緊急避難って言ったかな? 自分が殺される場合、その原因を取り除く行為は違法じゃない。おい、お前、包丁持ってこいよ」  


「……え、主任、まさか」


「手袋してるだろ? 指紋は付かないんだ。安心しろよ、お前はここにいるだけ、殺るのは俺だからよ。何事も経験、そうでしょ先輩? こんな機会、金輪際ないかもしれませんからね。それじゃあ、一撃で逝ってくださいね」


 



 草原にいた。


 草原っていうか、緑色の人工芝みたいな原っぱがどこまでも広がっている謎の空間にいた。遠くには丸い山も見えるし、なんかトゲトゲした岩山も見える。林というか森? でも木々が全部針葉樹みたいに尖ってるし、なんかすっごい遠くに町が見える。


 周りを見てみるも、主任も現場責任者もいない。

 俺の胸にも首にも痛みがない。

 

 天国……?


 とりあえず立ち上がり、改めて街を確認しに行くと、なんかどこかの遊園地みたいな感じに柵というか塀みたいなので囲まれてるし、家がなんていうか、石造りだったりあばら家みたいだったり、なんか最近の日本って感じがしない。


 それと町が全体的に小さい。

 家と家との間がやたら狭くて村って感じがする。


 あと服装、歩いている人達がなんていうか、布の服って感じの服ばかりで、デザイン性が死んでる。無地の服、あっても裾の方にラインが入ってる程度で、ロゴとかそういうのが全然ない。


 それなのに髪色はやたらカラフル、紫だったり緑色だったり青だったり黄色だったり。染色体壊れちゃった? 


 とまぁ、ここまで見た辺りで、流石に気づく。

 これ、俺が遊んでたレトロゲーム。


 クリスティアン・サーガの世界だ。


 あそこに見えるのは最初の町だろうし、遠くに見えるのは羽ばたきの塔だろうし、ものすっごい遠くに見えるのは最初の城なんだと思う。


 夢にしてはやたらとリアルだし、鼻につく緑の匂いとかもいい感じだし、草原をぴょんぴょ跳ねてるグリーンスライムもいい感じだ。


 大きさ的にクッションくらいの緑色のプルプルしたヤツが、ぴょんぴょん跳ねながら俺の方に近づいてきてるのとか最高じゃないか。


 とりあえず踏み潰してみる。


 やったことないが、大きなゼリーを踏み潰した感じに似ている。そのまま数回蹴っ飛ばすと、グリーンスライムは小さな硬貨になった。


 これがこの世界のお金か。

 確か単位はリラだったはず。


 最終的に武器一個十万リラとか必要になるんだけど、この小さい硬貨を十万枚持ち歩かないといけないのか? なんて、どうせ夢なんだから考えるだけ無駄か。


 その後も草原を歩きながらグリーンスライムやらコウモリバットやらを殴りながら進み、最初の町へと踏み込む。


 町の人々の話とか長老の話とかを微笑みながら聞き流し、そのまま設定上恋人になるであろう女の子と会話をし、案内された宿へと向かい、集めた硬貨でちょっと美味しいものを食べ、村の中を散策して、そのまま眠る。


「これは……夢じゃないな」


 起きてからの第一声がこれだった。

 

 てっきり目が覚めたら現実に戻るかと思っていたのだが、起きても白くてやたらフカフカなベッドだったのだから間違いない。


 俺が万年床にしている煎餅布団はこんなにいい匂いはしないし、大抵起きると自分の加齢臭で眉根を寄せながら起きるんだが、今朝はそれすらもない。


 というか、現実世界だったら多分病院だろう。

 それが無いということは……。


 いや、考えても無駄だ。

 胸の奥がムカムカする。


 それよりも、改めて現状の確認だ。


 確かクリスティアン・サーガの主人公は二十歳かそこらの若者だったはず、ということは、今の俺は二十歳かそこらってことだ。


 夢だから身体が軽かった訳じゃない、実際に若い肉体なのだから軽いんだ。この肉体に元々あった人格はどうなったのだろうとか考えてもみたが、元々なんてある訳ないし、俺が主人公なのだから元々この身体を操作していたともいえよう。


 つまりふさふさの髪があるこの肉体は俺なのだ。試しに全裸になってみると、それはそれは若くて鍛えられている肉体だった。腹筋が割れている、お腹を引っ込める必要がない。


 どれだけ走っても疲れない。

 何を食べても胃もたれしない。


 とにかく楽しかった。


 設定上恋人になる女の子は俺に優しいし、村の長老も町の人たちも全員優しかった。


 更に言えば最初の町だから周辺のモンスターも弱いし、毎日を生きる程度のお金ならものの数時間で稼ぐことが出来る。


 たまにレベルアップしたみたいな感覚に襲われるけど、別にそれだからといって次の町に行こうとは思わない。


 この町には彼女もいるし、設定上魔王軍が攻めて来ることもないし、安全安心な生活が可能だ。


 誰が捨てるよこんな天国。


 そして恋人予定だった彼女とは、無事結婚まで持ち込むことが出来た。


 なんなら彼女は俺の子供を妊娠した。

 俺はもう一家の大黒柱だ。


 お父ちゃん今日は頑張ってグリーンスライム百匹は踏んづけちゃおうかなあ! って感じだ。


 外を散歩して適当に弱い魔物を狩っていれば、それだけで家族が養える程度に稼げてしまう。ちょっと遠出して次の町の近くに行けば、より効率よくお金を稼ぐ事ができる。


 ぶっちゃけ大したことしてない。


 だけど嫁さんは俺のことを凄い冒険家だと褒めてくれる。やっぱり天国だった。


 気づば子供は大きくなっていた。

 そして俺の年齢は既に四十を超える。

 

 このクリスティアン・サーガの世界に転生して二十年が経過したってことらしい。


 毎日が幸せ過ぎて時間の経過が早すぎるのが困りものだが、それ以外は何ひとつ不自由のない生活を送っている。


 嫁は可愛いし、子供は立派に育ったし、気づけば俺は町の英雄とまで呼ばれている。万を超える数の魔物を狩った最強の冒険者、なんていう尾ヒレ付きだ。嫁は惚れ直すし、娘は俺を目指すんだと息巻いている。

 

 そんな、順風満帆な生活だったのだが。

 予期せぬ知らせが、俺のもとに届いた。


 魔王老衰、まもなく死亡。


 魔王の死亡、それはつまりゲームクリアを意味する。このゲームのエンディングは腐るほど見てきたからそらんじて語ることが出来る。


 魔王を倒した勇者は次の大地へと旅立つ。

 その後の勇者の足跡を知る者は誰もいない。


 つまり、ある意味バッドエンド、世界を救った勇者だが、クリア後にどうなったのか誰も知らない。そこでゲームエンドなのだから、その後なんてそもそも存在しないのかもしれない。


 つまり、今の俺のこの安寧世界が消え去っちまう可能性が生まれてきちまったってことだ。


 それだけは絶対に駄目だ。

 

 こうして、俺は老衰して死ぬとかいう魔王を不老不死にする為に、冒険へと出発する事となった。


 魔王の所へ行くには数多のイベントをこなさないといけないんだが、そこら辺の知識は全て頭に残っている。卒無くこなすことができれば二十時間でクリアすることだって出来はずだ。


 一日単身赴任の気持ちで準備し、愛する妻へと明日には帰ると告げ、グリーンスライムを踏み潰しながら、俺の冒険は幕を開けたのであった。


——————

次話『重要キャラが寿命で死んでる。』

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