抱きしめたい 🌲
『鶴は千年亀は万年』という言葉を一度は耳にしたことがあるだろう。
これは鶴と亀が他の生き物の中でも長寿なことを表す、いわゆる比喩と呼ばれるものである。
では比喩じゃないとしたら?もし実際に千年、万年生きる者がいたとしたら?
その者はその地の神となるのである。
*
「村人達は見たというのです。ある者は狼の血を吸う巨大なコウモリを。ある者は火を喰うムササビを。ある者は巨大なモモンガに目を隠されたとまで!」
今年で90になるという村長は早口で言いたてる。
「そしてついに昨夜、私も遭遇しました。巨大なコウモリの姿をした"奴''に羽で顔を隠されたのです!」
「巨大なコウモリ...血を吸う...目や顔を隠す...」
どこかで聞いたことあるような。
そうだ。これはきっと...
「ばぁちゃん!また人を招き入れてるの!?」
次の瞬間、戸が開き少年が部屋に入ってきた。
「そうだよ、フタバ。これできっと、村の悪霊を追い払えるんだ」
「もう何回目だよ!いろんな人に何度"木枯らし山"を見てもらっても異常はないし、きっとこの人も無理なんだよ、ばぁちゃん」
少年は諦めているように肩を落とす。
「でも大丈夫よ、この方は別物なの!えっと...」
「旅人のコチです。その問題、解決できるかもしれない」
言い放つと2人の視線が一気に私の方に集まる。
「きっと鍵はその"山"にある」
*
「結論から言うとそれは妖怪の仕業です」
木枯らし山までの道を歩きながら言う。
「妖怪!?そんなの信じているのですか?」
村長は呆れたように問う。
「どこかで聞いたことがありました。巨大なコウモリのような姿、生き血を吸う、人の目や顔を隠す...それは全て妖怪『
「とび、くら?」
「洞窟などで長年生きたコウモリが転生し、妖怪の姿と化すのです」
"転生"。その言葉を放った瞬間、フタバと呼ばれた少年が目を伏せたように見えたのは気のせいだろうか。
「やがて年を経て山地乳という別の妖怪に変わり、人の息を食らって死にいたらせます。なのでまだ飛倉でいるうちに...そいつを成仏させます」
*
『巨大な洞窟を探してください』
コチのその言葉を聞いた時、僕は急いで"そこ"へ向かった。
「コウくん!急いでここを出なきゃ!」
つるに隠れた
コウくんに出会ったのはちょうど二年前。村でいじめられていた僕を、その巨大な羽でいじめっこ達の顔を隠して驚かせて助けてくれたのだ。
それ以来、僕たちは一緒なんだ。
〈フタバ、もう話はわかっておる。これは運命なのだ。その時が来た、それだけのこと〉
奥で逆さまになったまま、低い声を響かせる。
「でも!ここからにげなきゃ!コウくんは...殺されるかもしれない...」
視界がぼやける。いつのまにか涙が溢れていた。
〈大丈夫だ。どんな結果になろうとも、吾は生き続けるのだ〉
コウくんもどこか寂しさを感じられる声で続けた。
「ここにいたか」
次の瞬間、男の声が洞窟に響いた。
びっくりして振り返ると恐れていた行人、コチがそこに立っていた。
「ダメ!コウくんを...殺したらダメ!!」
僕は思いっきりコウくんの前に立ちはだかる。
「君も知ってるんだろう。放置したらどうなってしまうか」
コチは焼けるような視線を向けてくる。
「し、知ってるけど、そんなの酷すぎるよ...」
声にならない思いが喉を引き締める。
〈大丈夫だ、フタバ。吾は覚悟できておる〉
「でも...!」
「大丈夫だ。殺したりしない」
何故か不思議な雰囲気がしたかと思うとコチはどこか優しい笑みを目に浮かべて言う。
「えっ...!それってほんと!?」
まさかの返答に僕は衝撃を受ける。
「あぁ。そもそも私のやり方にあってないからな。もっと良い選択肢があるんだ。なぁ少年、力を貸してくれないか」
*
「これでいいの?」
「ああ、それで良い」
コチにつれられて僕とコウくんは共に木枯らし山の麓まできた。
『山の麓でここで飛倉の魂を封印させる』
"封印"という言葉を聞いた時は流石に驚いたけど、話によると珍しいことでもないらしい。
コウくんはこれ以上の月日を飛倉として過ごしてしまうと、肉体に負荷がかかりすぎて魂が悪い妖怪に転生をするらしい。
だから転生してしまう前に、永遠にコウくんの魂を封印してしまう。それがコチの言い分だった。
「でも一体どこに封印するの?」
するとコチは僕の胸に指を当てる。
「君の中だ」
「僕の...中?」
「そうだ。君の体に飛倉の魂を封印し、共存してもらうことで飛倉は君の中で永遠に生き続けるだろう」
〈だが...フタバの心身は大丈夫なのか?〉
説明が終わるとコウくんが口を挟む。
確かにその通りだ。例え封印できたとしても、僕の体や魂に負荷がかかっては意味がない。
「今の状態だと危ない。そこで君、フタバくんの力を借りるんだ」
そういうとコチはズボンの裾をめくった。
見ると、彼の左足は膝から下が義足でできていた。
「昔妖怪の仕業で取られてしまってな。こいつに手伝ってもらう。
慣れた手つきで義足を外すと地面に置く。
"それ"は何故か触れてはいけない感じがした。
「離れておけ」
そう言われて僕はコウくんの横まで後ずさる。
「では封印を始める」
コチはコートの中から大きな緑の葉っぱを取り出すと、舞うように踊り出す。
葉が風になり、風が巻いて渦となっていく。
それでもコチは踊り続ける。
渦が義足の中心に来た時、「ポンッ」と小さな太鼓の音が鳴った。
渦が弱まると"義足だったもの"が正体を表した。
そこには笠を被った小さな狸がいた。
「いぇーい!コチ!久しぶりじゃな!ん?そこの小僧はだれじゃ?」
「た、たぬき...義足が狸に...!」
あまりにも衝撃すぎて腰が抜けてしまった。
しかも二足歩行で立って、日本語を喋っている。
「久しぶりだなムジナ。早速だがこの少年フタバの身体に飛倉を封印して欲しい」
飛倉という単語を聞くとムジナと呼ばれた狸はコウくんをみる。
2人の視線が交わった瞬間、バチっと小さな火花が散った気がした。
「よろしかろう!じゃあもう封印しちゃっていいんじゃな?」
ムジナは僕をみて言う。
「あぁ。時間がない」
コチは地平線に差し掛かった月を見て言う。
「じゃあ始めるぞーい!」
〈じゃあな、フタバ〉
真横にいるコウくんがいう。
「ずっと、僕の中にいるんだよね?生き続けるんだよね?」
〈あぁ、そうだ。瞼を閉じたらいつでもおるからな〉
「
ドンッッッ
大きな太鼓の音が響いた瞬間、青い光が僕の胸に入っていった。
ドクンッ
身体中の脈が大きく波打つ。
「くはぁ!」
ドクンッ
知らない記憶が脳を高速で通り過ぎる。
これは...コウくんの記憶...
次の瞬間、視界が真っ暗になった。
*
「...!...バ!フタバ!」
目を覚ますと婆ちゃんの顔がそこにあった。
「あれ、僕どうして...いたっ」
ズキンと頭がひどく痛む。
見慣れた部屋を見渡すと戸に寄りかかったコチがいた。
その瞬間、全て、全てを思い出した。
「コチさんが妖怪を退治してくれたんだよ!礼をいいな」
婆ちゃんは嬉しそうに言う。
「コチさん...ありがとう」
「こちらこそ」
その左足は出会った時と同じになっていた。
もうコウくんはいない。でも、
〈フタバ〉
瞼を閉じればコウくんが隣に座っている。
今までも、これからもずっと。
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