突発性異種化症候群
かずぺでぃあ
プロローグ:変異する人生
プロローグ:変異する人生
「ママに羽がついちゃった」
「息子の耳がおかしくなったんです」
「今朝、目が覚めたら尻尾が生えてて……」
ある日を境に、信じがたい報告が世界各地で立て続けに起こった。
その数週間後、あるものはニワトリに、あるものはイヌに、あるものはウシに……
完全に姿を変えた。
どんな医者でも手の施しようがない。まさしく奇病である。
その奇病の知らせは世界を震え上がらせた。
いつ、どこで、誰が、何になるかわからない。
メディアやSNSを通じて、社会は混沌と化した。
各国の代表組織は、この奇病を『
そして世間では『
「だって名前が長いんだもん! しょうがないヨネ!」
講演の最中、教授がそう叫んだ。
その瞬間、体育館の緊張感が一気に緩み、笑いに包まれた。
ここは城南大学付属高等学校。今日は二年生を対象に、獣化症についての特別講演が行われていた。
(流石は城南大学の名誉教授! 説明がわかりやすいだけでなく、とっても面白い!!)
一人の少女が、うんうんと頷きながらメモを取る。
両隣の友人は船を漕いでいたり、汽笛を鳴らしているようだが。
そして、教授の話は終わりに近づいた。
「ここで私からお願いがある」
賑やかだった会場が再び静寂に包まれる。
「この奇病が『突発性』とされているのは、まだ原因がわかっていないからだ。『先天性』なのか『後天性』なのか、はたまた『感染性』なのか……」
生徒たちが固唾を飲む中、教授は続ける。
「君たちもご存知の通り、この症例は日本ではまだ確認されていない。そして、いつ、どこで、誰がこの病に沈むかは誰にもわからない。明日、明後日、いつかの未来。いやもしかしたら今日、誰かが犠牲になるかもしれない。もしかたら、君たちの中の誰かかもしれない」
教授の言葉に、生徒たちはざわつき始める。
「でも皆、約束してほしい」
しかし、その一言によって、すぐにまた静寂が訪れる。
「もし仮に君たちの親しい人でも、遠くにいる誰かであっても、この奇病を発症した人を差別するような言動は控えてほしい。その人を否定してはいけない。例えどんな生き物に変わってしまったとしても、それはその人であることに変わりないからネ」
そして、教授は講演を絞める。
「さあ、小難しい話はここまでだ! 約束はちゃーんと守ってくれヨ!」
拍手喝采の中、教授の「ご清聴ありがとうございました」という挨拶と共に、講演は幕を閉じた。
そして放課後——
「ねぇねぇ、今日の特別講演、すっごく面白かったよね!」
熱心に話を聞きながらメモを取っていた少女・
黒くて艶のあるその髪は、白い肌と合わせて清楚な印象を与える。しかし、先の講演の熱が未だ冷めない様子をみると、好きなことに熱中する、明るくて活発な性格と伺える。
「ユッキーまたその話ぃ? 講演終わってからもう5回目だよ!?」
ユキの友人・浜田マリンは呆れながら言い返す。
ユキとは対照的に、カールのかかった茶髪と健康的な肌色、そして特徴的な口調から、典型的な「ギャル」だと察することができる。
「いうてマリンは寝てたでしょ? 課題もあるんだし、話掘り起こしておかないと忘れるじゃん」
ユキの言葉にマリンはムっとなった。しかし、明確な事実にマリンはぐうの音も出ない。
「ほ、ほら、ユキちゃんは動物系の職業に就くのが夢なんだからさ。熱くなっちゃうのも仕方ないよ」
そこへすかさず、ユキのもう一人の友人・岡崎チエがフォローを入れた。
焦げ茶色のショートヘアに、メガネをかけ、背が低いその姿は、二人よりも目立たない。しかし、その口調から真面目な性格であることは明白だった。
「チエっち、ユッキーの味方するの!? はいはいわかりました。あたしも先生に怒られたくないし、ユッキーに付き合うよ。」
ユキはマリンの返答に「やったー!」と歓喜した。
マリンとチエも、ユキとは印象も性格も大きく異なるが、小・中・高と常に同じクラスだった。
言うなれば“腐れ縁”。故に、ユキにとっては最も信頼できる親友である。
そんな三人が話をしながら荷物をまとめ、帰路につく。
校舎を出た時、ユキはふと疑問に思った。
(なんだろう? 朝来た時よりも、昼に体育館へ移動した時よりも——)
(——なんだか体がとっても熱く感じる……)
「ね、ねぇ二人とも、今日なんか暑くない?」
ユキは二人に訊いてみる。
「ううん、全然暑くないよ?」
チエはすぐに答える。
「ユッキー、さっきの講演の熱気がまだ冷めねーのかよ。後でいっぱい話聞いてやっから、今は落ち着けって」
マリンに茶化されつつも諭される。
「うん……そうだよね……」
先を行く二人に向かって、ユキはそう呟いた。
今は11月。そう暑くなるはずがない。
でも今は、体が燃えるように熱い。
さきほどの講演による興奮ではないのは明らかだった。
眩暈がする。足取りがおぼつかなくなる。
ユキは次第に活発さを失っていく。
「ユッキー? どした?」
「ユキちゃん、どうかしたの?」
マリンとチエが後ろを振り向いた時だった。
ユキは音もなく倒れていた。
「ユッキー!?」
「ユキちゃん!?」
二人はカバンを投げ捨て、ユキのもとへと駆け寄る。
「おいそこ! 先生呼んで来い! あたしは救急車呼ぶから!!」
朦朧とする意識の中、マリンの叫び声がユキの脳内に轟く。
「ユキちゃん大丈夫!? しっかりして!」
チエはユキを仰向けにしつつ、意識があるか呼びかける。
ユキは「大丈夫」と応えようとしたが、荒い呼吸がそれを拒んでいた。
そんな時だった。
「おい君!? 大丈夫か!?」
気を振り絞って、声の方へ目を向けると、二人の男性が駆け寄ってきた。
男の一人がユキの首筋に触れる。
「何やってるんですか!?」
男の突然の行動に叫びかけたチエだったが、すぐに冷静さを取り戻した。
男のすぐ傍に、あの教授がいたからだ。
「この首の白い毛に心当たりは?」
男からの突然の問答に、チエは戸惑いながらも
「い、いえ。ユキ……この子は髪を染めたことはありません。でも、髪質が違うような……」
と言いつつ、違和感に気がつく。ユキの首筋には、黒くて艶の良い毛ではなく、白くてフサフサした毛が生えていたのだ。
「先生、これはやはり……」
男は教授に問いかける。
「あぁ、この症例は間違いない」
教授は一呼吸置いてから、はっきりと告げる。
「
教授の言葉に、ユキを介抱していたチエも、救急車を呼んでいたマリンも、声を失った。
(そんな……私が……?)
「まさか自分が獣化症になるなんて」。そう思いながら、ユキは意識を手放した。
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