第8話 二周目に伝えたいこと

5月下旬。今日は午後から保護者会があるため、授業は午前まで。


僕や北条さんなど、保護者を交えた三者面談が予定されている生徒だけが教室に残っている。


三者面談で何を言われるんだろ・・・。


東原先生がうちの親に、「慎太郎君はクラスで孤立しています。ぼっちで困ってます。」とか余計なこと言わないといいんだけど・・・。


そうやって席に着きながら一人不安と戦っていると、僕と同じく、クラスから孤立して危機的状況にあるはずの隣の席の二周目女子が僕の肩を叩いてきた。


「ちょっといいかな?話しておきたいことがあるんだけど。外に出ない?」


「どうしたんですか?あらたまって。」


「うん・・・ちょっとね・・・。」


いつものクールな様子と違って、心なしか表情に陰が差しているようにも見える。

しかも、いつもデリカシーを微塵も感じさせず、何でも教室で大声で話してるのに、なんで今日に限ってわざわざ外で?


少し不思議に思ったけど、彼女がそのまま黙って歩き出したので、僕は慌てて後を追いかけた。


廊下に出て、昇降口で靴に履き替えて・・・・・・足を止めたのは、いつぞや彼女が挟まっていた校舎と体育倉庫の隙間の前だった。


北条さんは、暗闇でよく見えないはずの隙間の奥を覗き込んだ後、真っ直ぐに僕の方に視線を向けた。


その眼には、以前ここで向けてきたような猛禽類を思わせる鋭さはなく、どういうわけか少し悲しげに見えた。


「思えば・・・君と最初に会ったのは、ここで一人で立ってお昼ご飯を食べていたところを、君に見られちゃった時だよね・・・。」


「いや、その前に入学式の日に教室で会ってますよ。まあ隙間から急に手が出てきて掴まれた時の方がインパクトありましたけどね。地縛霊みたいで。」


僕が軽くおどけてみせると、彼女は少しだけフッと口元で笑ってくれたけど、すぐに憂いを感じさせる表情に戻った。


「そうだね・・・。あの日から・・・。ちゃんと伝えていなかったけど、君には本当に感謝してるんだよ。実は最初は君を利用するつもりだったんだけどね。ひとりぼっちだと思われないよう君を隠れ蓑としてね。」


「ああ、知ってましたよ。もちろん。」


これは僕の本心だ。

むしろ本当に僕と友達になりたいと思っていたとすれば、そちらの方が驚いてしまう。


だけど、なぜわざわざそんなことをこの場で言う必要があるのだろう。

この話はどこに向かっているのかな?


「でも君は、そんな思惑を気にも留めず、わたしに友達ができるように頑張ってくれて・・・。しかもわたしのせいで変な噂に巻き込まれた後でも、知らん顔して変わらず寄り添ってくれて・・・。」


「噂に気づいてたんですね・・・。」


「当たり前だって。わたしは君が思ってるよりずっと繊細なんだよ。いつも君は言いにくいこともズバズバ言ってくるけど、少しは配慮してよね。ハハッ・・・。」


今度は声を出して笑ったけど、その笑顔に力はなく、またすぐに沈んだ顔に戻った。


どういうことだ?いったい何を言うつもりなんだ・・・。


「・・・本で読んだり、テレビで見たりして、ずっと憧れていた高校生活。友達と一緒に机をくっつけてお弁当を食べながら好きな小説の話をしたり、一緒に部活動をしたり・・・。一周目は期待を裏切られてばかりだったけど、二周目は君のおかげで短い期間だったけど高校生活を楽しめたよ・・・・。ありがとう。」


「そんな・・・。なんで急に・・・そんな・・・。」


そんなの・・・まるでハードボイルド小説の別れのセリフみたいじゃないか。

わざわざそんな言葉を僕に伝えるってことは・・・。


それ以上考えるのが怖かった。だから、何も考えないようにして、彼女の瞳を見つめながら固唾を飲んで次の言葉を待つと、彼女は少し言葉に詰まった後、ゆっくりと口を開いた。


「・・・・・実は、昨日、母から言われたのよ。いいえ、留年が決まった後からずっと言われていたんだけど・・・。母が言うには、この高校は、わたしに合わないんじゃないかって。だから、退学して通信制の高校に入って、一人でマイペースに勉強した方がわたしのためじゃないかってさ・・・。」


「・・・・・・。」


「今日の保護者会で、母はそのことを東原先生に話すって言ってた。だから、その前に君だけには伝えておこうと思って。ほら、急にわたしがいなくなると君も困るでしょ?一緒にお昼ごはんを食べる相手もいなくなっちゃうし・・・。」


「・・・・・はい・・・・。」


こういう時、どんな言葉を掛けるべきなのだろうか?

何も思いつかない。もし北条さんから借りた本を読んでおけば、何か彼女が好きそうな気の利いた言葉を引用できたかもしれない。

先延ばしにせず、もっと早く読んでおくべきだった・・・。


僕は、そんな場違いな後悔をしながら、茫然と、北条さんのちょっと大き過ぎるけど美しく整ったピンク色の唇が動くのを見つめるしかなかった。


時間にして数秒だったと思う。僕が何かを言ってくれるのを待っていたのだろうか。彼女は少しだけ僕の顔を見つめた。


「・・・・ん。じゃあ、教室へ戻ろうか。そろそろ母が来ているかもしれないからね。」


そして、僕の口から何も言葉が出ないことを見届け、そのまま校舎へ向かって歩き出した。


僕は、彼女を追いかけ、その後ろ姿を見ながら、何も言わずにゆっくりと歩いた。


これは北条さんの話、僕の話じゃない。だから僕が口を出すなんて筋違いだ・・・。それに彼女がいなくなれば、僕にはまた平穏な高校生活が戻ってくるだけ。


僕には何の関係もない。


・・・・でも、だけど、聞いておきたい。

ただ聞いておきたい。最後かもしれないから。


「北条さんは、それでいいんですか・・・?憧れていた高校生活がこれで終わってしまって。一人で勉強だけする高校生活になっても・・・。」


背中越しに声を掛けると、彼女は足を止めて、僕の方を振り返った。


感情を読み取りにくいクールな表情をしていたけど、僕の心には彼女の悲しみが伝わってきた。


「もし二周目の、この1か月がなければ何の悔いもなかった。一周目だけ見て現実はこんなもんだって、簡単にあきらめられた。でも、この1か月があったから・・・・でも遅すぎたかな・・・。」


その後の教室までの道のりはすごく長く感じたけど、二人ともずっと無言だった。


もっと伝えなければいけないことがある。そうわかっているのに、言葉にできなかった。


教室まで来ると、廊下にスーツ姿の女性が立っていた。きっと、あの人が北条さんのお母さんだろう。


「じゃあ、行ってくるよ。」


そう言うと、僕を残してお母さんと連れだって一緒に職員室の方へ歩き出した。

ぼんやりとその後姿を見ていると、北条さんはこちらを振り返らないまま、右手を軽く上げて、肩越しに横に振った。


まるで、バイバイと言っているみたいに。

このまま最後の別れになるのか・・・。


「待ってください!」


思わず出た声の大きさに自分でも驚いた。

その声は二人にも届いたようで、歩みを止めて僕の方を振り返った。


「あの、僕は二宮慎太郎と言います。北条さんの隣の席の。はじめまして。」


突然、叫ぶような大声で話し始めた僕に対し、お母さんの顔には明らかにけげんそうな色が浮かんでいる。


「あの、あの・・・。北条さんは、頑張っています!毎日休まず学校に来て、授業も真面目に受けています。友達も作ろうとしています。同級生から一人取り残されて、きっと心細いし辛い思いもしていると思うけど、必死で一からやり直そうとしています。」


「・・・・・・・。」


僕自身の口で、しかも大声で話しているはずなのに、どこか遠くで誰か別の人がしゃべっているみたいな感じがする。フワフワして現実じゃないみたい。


「僕は、そんな北条さんと一緒に進級して卒業したいです。そのために必要だったら僕が支えます。何でも手助けをします。だから・・・、だから北条さんにもう一度チャンスをあげてもらないでしょうか!!」


そうだ。さっき僕は北条さんにこれを言いたかったんだ。やっと言葉にできた・・・。


そのまま僕は深く頭を下げ、そのせいでお母さんの反応は見えなかった。しかも、何も言ってくれなかったので、沈黙のまま永遠かと思える時間が流れた。


おそるおそる顔をあげようとしたとき、やっと口を開いてくれた。


「二宮くん・・・でしたっけ?あなた由里子のお友達なの?」


「はい。隣の席で、部活も同じです。」


「君は由里子が何で留年したか知ってるの?」


「はい・・・聞いています・・・。いえ、噂を聞いているだけで、僕は去年の北条さんがどうだったのか直接は知りません。だけど、今の姿を見ていれば、北条さんは間違いなく変わったと信じられます。一生懸命、高校生として真面目に生きようとしています。だから、だからこそ二度とつまずかないようしてほしいと思っています。それでも、もしもつまずきそうになったら僕が支えになります。」


「じゃあ、二宮くんは、由里子の事情を知ったうえで、由里子が進級して、卒業できるように助けてくれるのね。本気でそう言ってくれているととらえていいのかしら?」


僕を見つめるお母さんの視線は鋭い。

北条さんが鷹なら、お母さんはフクロウを思わせる眼をしている。

だけどそれに負けるわけにはいかない。

僕は自分の瞳にあらん限りの熱量を込めて、お母さんを見つめ返した。


「はい!もちろんです。」


お母さんは、僕から視線を外し、北条さんの方を見た。彼女は、なぜか欧米人のように派手に肩をすくめるポーズをしている。


「わかったわ・・・。じゃあ君の話も含めて先生と相談することにするわね。」


そう言い残して、お母さんは北条さんと一緒に職員室の方へ歩いて行った。


「言うべきことは言った」、でも「まだ届いていないかもしれない」「届いて欲しい」そんな不安と希望を感じながら見送っていると、ポンっと肩をたたかれた。


「かっこよかったよ、二宮。」


「桜森くん・・・見てたんだ。」


「いや、教室の前であんな大声で話してるからさ・・・。」


そのまま教室に入ると、なぜか残っていたクラスメートが拍手で迎えてくれた。しかも、ひとりひとり肩を叩いたり、「気持ち伝わるといいね」といった言葉をかけてくれる。


山田くん、山本くん、山下くん、渡辺さん、野口さん、深川さん・・・。


なぜだろう、みんなの顔がこれまでよりもはっきりと見える気がする。

クラスの男子とか女子とか、噂を言っているあいつらとか、そんな集団としてじゃなくて、ひとりひとりはっきりと・・・。

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