第19話『魔王ちゃんと妖刀ザラキエル その3』

 外から入り込む風が、床に落ちた赤い髪を舞い上がらせる。


 刃は――。

 アタシの前髪を斬るだけで止まっていた。

 額すれすれのところで停止していたんだ!


 驚きに顔を上げたアタシの前で、勇者の口が開いた。


「……違う」


 聞こえてくる声。

 聞き覚えのある声。

 アタシの大好きな声!


「僕は……こんなこと……したくない」

「勇者! ザラキエルを抑え込んでいるの!?」


 勇者の噛み締めた唇から血が流れ出す。

 それは床に落ちて赤い染みを作った。

 凶悪な意思に抗う彼。

 苦痛に顔を歪ませるけど、瞳には光が戻ってる!


「僕が……求めているのは……こんな世界じゃないんだ!」

「勇者ぁ」


 強い想いを感じて、思わず涙が浮かんじゃう。

 だって、アタシの勇者たんは、やっぱり最高の勇者だったから!


「魔王……頼みがある」


 勇者がアタシを見つめた。

 純粋で真っ直ぐな瞳。


 ――それが、ふっと緩む。

 辛いはずなのに、その瞳は春の陽射ひざしみたいに優しく温かで。

 彼が次に何を言うのか、アタシにはわかった。


「僕を……殺して!」


 アタシは無言でうなずくと、できる限りの笑顔を彼に贈った。


「ありが……とう……」


 微笑む勇者。

 その瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。


 次の瞬間――。


「キヒャヒャヒャ!!!」


 人の心を逆なでする、いやらしい声。

 勇者の瞳から再び輝きが消える。


「コイツは驚いたゼ! たかがニンゲン風情ガ、オレの意識を凌駕りょうがしてクルとはナ!」


 そうだ、勇者は凄いんだ!


 この世界を救うため、勇者になることを決意して。

 大切なものを守るため、一歩踏み出せる勇気があって。

 どんなに辛くても、人に対する優しさを忘れない。

 たとえ戦いに敗れても、その度に立ち上がる強さを持っている。


 だから、アタシは勇者を好きになった。

 お互い立場は違うけど。

 歩幅だって違うけど。

 並んで一緒に歩きたいって、本気で思ったんだ。

 同じものを見て、同じことを感じて、一歩ずつ一歩ずつ。

 それはきっと険しい道だけど、二人で歩めるなら大丈夫って信じてる。


 勇者のためなら頑張れる。

 勇者と一緒なら頑張れる。

 だからアタシは、彼のために新必殺技だって編み出したんだ!


「さァ、もう邪魔するヤツはいねェ! タップリ可愛がってヤルからヨ! 共に熱イ夜を過ごそうゼェ、キヒャー!」


 欲望に笑う顔。

 伸びてくるいやらしい手。

 瞳の奥に下卑げびた男の顔が見える。

 きっと、コイツが斬衛門きりえもんだ!


 その手がアタシの頬に触れ――。


「アタシに触るなっ!!!」

「ぐゥッ!?」


 アタシが放った魔力にザラキエルは吹き飛ばされる。

 空中で体制を立て直し着地するけれど、その眼の斬衛門には驚きの色が浮かんでいた。

 その姿を見据えながら、アタシは一歩前に進み出た。

 手足を拘束していた触手が、闇の炎に包まれ消滅する。


「ナ……!? 魔導力は俺の方が遥かに上のハズだロッ!!!」


 いきり立ったザラキエルは無茶苦茶に空間を斬った。

 見えない斬撃。

 無数の刃がアタシを襲う。


 でもね、それはもう届かない。

 アタシを覆う魔力の壁の前に、全て消滅してしまうから。


「バ、バカな!!! なんなんダ、テメェは!!!」


 後ずさりするザラキエル。

 アタシはゆっくりと進み続ける。


「アタシは魔王アイラ、この世界を統べる者。オマエは触れちゃいけないものに触れた……!」

「ヒッ……瞳ガ金色に!?」


 そう……アタシの瞳は普段は赤色。

 でも、怒りで力が解放されたときには金色になる!!!!


 静かに腰を落として、拳を強く握りしめた。

 溢れる魔力で体が光を放ち出す。


「バルギウスを傷つけ、勇者の誇りを愚弄ぐろうした。その罪は万死に値するっ!!!」

「ウ……ウルせェ!!! オマエは黙ってオレのモノになればイイんダッッ!!!!!」


 妖刀を振りかざし、なりふり構わず飛びかかってくるザラキエル。


 アタシは拳を思い切り引いた。

 周囲、全ての光が拳に収束してゆく。

 光を失った世界は不意に闇に包まれて――。

 次の瞬間、拳が真っ赤に燃え上がる。

 闇に浮かぶ炎の拳、これがアタシの新必殺技!!!


「くらえっっっ!!!! 〈一夜の灼熱断罪破ワンナイトラヴ・ノーサンキュー〉!!!!!!!!!」


 天に向かって突き上げた拳は、暗闇を昇る煉獄れんごくほむら

 赫灼かくしゃくの炎は渦となって天井を突き破り、呑み込んだ勇者を断末魔の悲鳴と共に遥か上空へと吹き飛ばした。


「勇者っ!!」


 アタシは背中に翼を生やすと、全力で空をかける。

 今はもう、勇者以外は何も見えない。

 とにかく早く彼のもとへ!


 炎の上昇力を失った勇者が、上空から静かに落ちてくる。

 それをアタシは空中で優しく抱きとめた。


 ずるり――。

 と、彼の腕からザラキエルが離れ、落ちて、眼下の床に突き刺さる。

 その刀身からは黒いオーラのようなものが立ち昇っていた。


 あれは……?


「う……魔王……」


 そのとき、腕の中の勇者が口を開いた。


「迷惑を……かけたな……」

「勇者!! 正気に戻ったのね!」


 彼の顔はとても穏やかだった。

 それは、アタシが大好きな勇者の顔だった。


「良かった、ホントよかった……」


一夜の灼熱断罪破ワンナイトラヴ・ノーサンキュー〉の炎に包まれたその体は、少しずつ灰になってゆく。

 アタシは思わず彼を強く抱きしめた。


「この温もりは……あのときの……?」


 腕の中の勇者はハッとする。


「まさか……君はアイラなのか!? ……僕はなんてことをしてしまったんだ」

「ううん、安心して。この炎は浄化の炎。アナタの罪を全て焼き尽くすから」

「そうか……ありがとう」


 勇者は微笑むと瞳を閉じた。

 その顔は安らかに眠っているみたい。

 アタシは黒い翼をはためかすと、玉座の間に降り立った。


「アイラ様」

「バルギウス、無事だったのね」

「ええ。もっとも、動けるようになるのに暫しの時間を要しましたが」


 体の埃を軽く叩いて落とし、クイッと眼鏡を上げる。

 それは、さっきまで瓦礫の下敷きになっていたとは思えない、普段と何も変わらない姿だ。

 良かった――。

 アタシは短く息を吐くと彼を見た。


「それじゃ、お願い」

「はい、アイラ様。――〈忘却フォーゲット〉」


 バルギウスの手から放たれた光が勇者に吸い込まれてゆく。

 

「〈忘却フォーゲット〉の魔法をかけました。目が覚めたとき、今回の記憶はないでしょう」

「助かるわ」


 完全に灰となって霧散してゆく彼を見つめたまま、アタシはそう答えた。


 今回の件は、斬衛門の怨念が宿った妖刀ザラキエルのせいとはいえ……。

 勇者にとっては黒歴史になるだろうし。

 アタシも顔を見られちゃったし、記憶は消してあげないとね。

 彼には、これからも真っ直ぐな勇者でいてほしいから。


 それにしても……。


 なにちょっと、もー!

 抱き締めた感触でアタシってわかっちゃうの、すごくなーい?

 これってやっぱ、愛の力が成せることよね!!

 お肌の相性もバッチリーっていうかー!

 キャー、ちょーヤバーい!!!


 緩みまくる頬を押さえて腰をくねくね。


「アイラ様、不思議な踊りをしているところ申し訳ありません」

「……アナタはほんと、アタシの幸せ妄想をぶち壊してくるわね」


 いつも通りのバルギウスに、色々な意味で深いため息をついた。


「で、どうしたの?」

「はい、妖刀ザラキエルの件ですが」

「あ、そーだった!」


 床に突き刺さったままのザラキエル。

 その姿は元の短刀サイズに戻っている。


「コイツのせいで勇者たんが! けちょんけちょんにぶっ壊す!!!」

「お待ちください」


 ザラキエルに飛びかかろうとしたアタシは、バルギウスにツインテールを引っ張られた。


「先程、刀から斬衛門の怨念が離れるのを確認しました。もう問題はないかと」

「ほぇ、そーなの?」


 アタシはバルギウスの手から逃れると、床のザラキエルを引き抜く。

 確かに、あれほどの重圧感を放っていた邪気は、もう影も形もない。

 さっき立ち昇ってた黒いオーラが、斬衛門の魂だったのかな?


『キルキルキルゥ~』


 それどころか、刀身の大きな眼が怯えうるんでいるようにすら見えるし。

 むー……。

 これじゃアタシが弱い者イジメしてるみたいじゃん。


 ったく……。


「まぁ……今回は俺様勇者が見られたしー、それに免じて許してあげるから」

『キルッ! キルキルッ!』

「今後は魔王軍のためにしっかり働きなさいよ!」

『キルル!!』


 そう答えるザラキエルは、とっても嬉しそうだった。




~その後のアイラ&バルギウス&妖刀ザラキエル~


『キルキルキルキル!』

「あら? あらあら! この刀、お料理にも便利ー!」

「さすがは妖刀、素晴らしい切れ味ですね」

「見て見て、バルギウス―! キャベツの千切りが蜘蛛の糸みたいに細ーい!」

「いいですね。では、今夜はトンカツにしましょうか」

「やったー!」

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