第6話『魔王ちゃん、勇者に逢いに行く! その3』

「ワルスギルさん、さっきの言葉を取り消してください!!」


 店内に響き渡る声。

 マリーダの酒場に戻るなり、ワルスギルの前に立った勇者は言う。

 周囲の視線が、一斉に二人に集まった。


「テメェ……誰にモノ言ってんだ!」


 ワルスギルは飲みかけの樽ジョッキを乱暴に置くと、不機嫌そうに立ち上がった。

 威圧的な目。

 だけど、勇者はもう引き下がらない。


「僕は、あなたに言っている! 父さんは臆病者なんかじゃない!」


 睨み合う二人。

 それをアタシは少し離れたところから見つめていた。


 一触即発な雰囲気を察した周りの人たちが、椅子やテーブルを素早く移動させる。

 あれ?

 もしかして、こういうトラブルに慣れてる?

 そこには、あっという間に広い空間が生まれた。


「へっ、いいぜ! なら冒険者同士、実力で俺を謝らせてみな」

「望むところだっ!」


 勇者は気合の声をあげて拳を繰り出す。

 肩口から放たれる、綺麗な右ストレート。


 やっちゃえ勇者たん!

 そんなジャガイモなんか、潰してポテサラにしちゃえー!


 だけど、そんなアタシの祈りを嘲笑あざわらうかのように、ジャガはあっさりと身をかわした。

 なおも連続で攻撃する勇者だったけど、その拳はすべて空を切ってしまう。

 逆に、すれ違いざまに放ったジャガ男の膝が鳩尾みぞおちにヒット!

 勇者は、体を〝く〟の字に曲げて膝から崩れ落ちてしまった。


「口ほどにもねぇな」


 黄色い歯を見せるジャガ男ことワルスギル。


「ま……まだ! まだ僕はやれる!」

「ハッ! なら、一発でも俺に当ててみな! そしたらテメェを認めてやってもいいぜ、腰抜け親子の勇者サマよ!」

「くっ……言ったな!」


 ガハハと笑う男を睨みながら、勇者は膝に手を当て無理やりに立ち上がる。

 だけど、その足はフラフラとして覚束おぼつかない。

 さっきの一撃で、かなりのダメージを受けちゃってるみたい!


「ユウとワルスギルとじゃ、実力の差がありすぎるな。ユウは早く謝っちまえばいいのにな、ハハッ」


 無責任なギャラリーの声。

 アタシは〝魔王歩きデビルウォーク〟でソイツの背後に近付くと……。


「たあっ!」

「ぎゃびー!?」


 人混みに紛れて足の小指を思いっきり踏みつけてやった。


 でも、くぅぅ……。

 悔しいけど、ジャガ男は言うだけのことはある。

 腕も体も勇者より遥かに太く大きい。


 対する勇者は、顔だってまだあどけなくて……。

 純粋な瞳は真っ直ぐ前を見て、輝いてて……。

 ああもう、好き!

 大好きっ!


 アタシの熱烈ラブな視線を受けた勇者は、殴られても蹴られてもその度に起き上がって。

 ボロボロになりながらも諦めることを知らない姿に、胸の中に熱いものが込み上げてくる。

 涙で視界がにじんでく。


 そして、それはギャラリーたちも同じみたいで……。


「バカッ! そっちに避けるんじゃねぇよ!」

「ああっ、今のは惜しかった!」

「そうだ、その調子だ! いけっ!」


 いつしか大きな声援が生まれていた。


「な、なんだテメェら! 急にコイツを応援しやがって!」


 店内の異様な雰囲気。

 突然のアウェイ感に、ジャガ男は驚きを隠せない。


 そう、これが勇者の資質。

 ひたむきなその姿に、いつしか人は吸い寄せられる。

 アタシがそうだったようにね!


 人々は勇者の名前を連呼する。

 何度でも何度でも、喉が枯れたってその名を呼び続ける。


「黙れ! 黙りやがれってんだ!!」


 頭を振って叫ぶジャガ男に、勇者はゆっくりと近づいてく。


「どこを見てる! あなたの相手はこの僕だっ!」

「うるせぇ!!」


 戸惑いの感情を隠そうともしないジャガ男は、振り向きざまに拳を振り上げた。

 その顔には、もう余裕なんて感じられない。


「顔面、グチャグチャにしたらぁ!!」


 迫り来るゲンコツ。

 唸りを上げる怒りの鉄拳。

 だけど――。


「あなたの攻撃は、もう何度も見た!」


 当たる直前、勇者は上体を素早くかがめた。

 大きな拳が髪をかすめてすり抜けてゆく。

 勇者は前を睨んだ。

 その瞳には、驚きの表情を浮かべたジャガ男が映り込んでいる。


「僕には夢がある! 傷だらけになってもみんなを守る、父さんみたいな勇者になる夢が!」


 そのまま立ち上がる勢いを利用して勇者は跳ぶ!


「超カッコイイ勇者になるんだ――っ!!!」


 決意を込めた叫びと共に、勇者の頭突きがジャガ男の顔面にクリティカルヒット!!


「ぶごぉーっ!?」


 まともに喰らったジャガ男は、変な声をあげて派手に吹き飛んでゆく。

 もんどり打ってテーブルと激突し、そこにあった熱々の食べ物や冷たい飲み物が彼の体に降り注いだ。


「いでぇ! あぢぃ! 冷てぇ!」


 忙しい悲鳴を発して床を転がるジャガ男に酒場中は大歓喜。

 湧き上がる歓声、嵐のような拍手喝采。


「すげぇ! すげぇよ!」

「俺は、お前ならやれると思ってたぜ!」

「勇者ユウに乾杯だー!」


 スタンディングオベーションのギャラリー。

 ボロボロの姿で少しだけ微笑む勇者。

 その笑顔を見たアタシは、気が付いたら彼の目の前に飛び出していた。


「うえぇぇん、やったぁ、やったね勇者ぁ~! おめでど~、お゛め゛でど~!」


 この溢れる涙を抑えられる人がいる?

 いやいない!

 これ以上の感動をアタシは知らない!


「アイラ……」


 全ての力を出し尽くしたんだろう。

 勇者は、膝から崩れ落ちそうになる。

 それを、アタシは咄嗟に抱き留めた。


 え……あ……ちょ、ちょっと待って!!

 あ、あ、あ、アタシ、抱き留めちゃったー!?

 勇者のこと、抱き締めちゃってるうぅぅ!?!?!?


「ありがとう……アイラのおかげだよ」

「ややや! そ、そ、そんな、アタシは何も!」

「アイラが『好きな人のこと悪く言われて黙ってることなんてない』って言ってくれたから、僕は頑張れたんだ。……だから、ありがとう」


 燃えるような胸のドキドキが、あたたかな優しい想いに変わってく。

 それは、いつしか心いっぱいに広がって――。


「勇者ぁ~~~」


 アタシは泣いた。

 声を上げて泣いた。

 バルギウスが見てたら何を言われるかわからないけど、とにかく泣いたんだ。


 腕の中の勇者は静かに目を閉じる。

 どうやら、気を失っちゃったみたい。

 その達成感に満ちたような安らかな寝顔。


「本当におめでとう……」


 アタシは心からの笑みを彼に贈った。

 そして二人は抱き合ったまま、静かに酒場を後にするのだった……。



 第6話『魔王ちゃん、勇者に逢いに行く! その3』

 ~完~




「――ちょっと待てや、ゴルァ!!! 何をいい感じで締めようとしてんだぁぁぁ!!!」


 感動をぶち壊す、その野太い声。

 コイツは……。 

 アタシは、ため息と共に振り返る。


 そこにいるのは、ジャガイモ男のワルスギルだ。

 殺気をはらんだ血走った目。

 鼻から溢れる血は、惜しげもなく床を真っ赤に染め上げる。


「ないわー。マジ引くわー。空気読めって感じー」

「うるせぇ!!!」


 叫ぶと同時に、ワルスギルは壁に飾られていたものを掴んだ。

 酒場の明かりを浴びて鈍く光るそれは――。


大剣グレートソード!?」

「殺してやる、殺してやるぞ!」

「ちょっと待ってよ! アナタ、一発でも当てたら彼を認めるって言ってたじゃない!」

「ああ、認めてやるぜ……! 勇者ユウは俺の敵だァァァ!!!!!」


 ちょ!

 認め方がちがうでしょーっ!


 口からヨダレを撒き散らし、大剣を大きく振りかぶる大男。

 そこに理性や、まして知性なんてものは見られない。


「死ねやぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


 吹き抜けのフロアーを突き抜ける怒号。

 全身全霊の力で振り下ろされる渾身の凶刃。

 狂戦士バーサーカーのような怒り任せの一撃は、アタシもろとも叩き斬り、店内には真っ赤な血の華が飛び散った……。


 ……って、その場の誰もが思ったでしょ?

 でも、現実は違うの。


 振り下ろされた大剣は、アタシが二本の指で受け止めたから。


「は!? えっ!? なっ!?」


 哀れな男。

 どうやら状況が理解できてないようね。


「何も背負うものがない刃じゃ、アタシには届かない」


 アタシがちょっと指を動かすと、大剣は弾き飛ばされて壁に深々と突き刺さった。


「ほげぇ!?!?!? な、なんだ、どうなってやがる!?!?!?」


 混乱と驚愕きょうがく畏怖いふが入り混じった表情で後ずさるジャガ男。

 それを後目に、アタシは壁際のソファーに勇者を寝かせた。

 そしてきびすを返し、ゆっくりとジャガ男に近付いてゆく。


「ねぇ……アタシと〝いいこと〟したかったんだよね?」

「い、いや、も、もうそれは……」

「……いいよ、しよっか」


 そう言いながら左指の指輪を外す。

 バルギウスに渡された〝変身の指輪シェイプチェンジ・リング〟だ。

 軽く握り締めると、それは粉々に砕け散った。


 指輪の力が消滅し変身が解けてゆく。

 ジャガ男の目が、更に驚きに見開かれた。


「……は? ……え? あ……頭から角が生えたァ!?!? て、テメェ、人間じゃねぇな!!!!」

「アタシは魔王アイラ、人間界を統べる者よ」

「ま、魔王!?!?!?」


 飛び上がったジャガ男は、腰が砕けたように尻餅をつく。

 それを見据みすえながら、アタシは言葉を続ける。


「ねぇ……アタシの瞳って普段は赤色なの。……でもね、怒りで力が解放されたときは金色になるの……。さて、ここでアナタに質問です。……今のアタシの瞳は何色だぁぁぁ!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃぃ、き、金色ですぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」

「アタシの気持ち、思い知れっ!!! ――必殺〈魔王九恋撃・黙ダ・マッテラ・レ・ナイン〉!!!」

「うぎゃあああああああああ!!!!!!!」


 アタシの数ある必殺技の一つ、〈魔王九恋撃・黙ダ・マッテラ・レ・ナイン〉。

 掴んで、叩いて、引きずりまわして……。

 感情のままに大暴れ。

 悲鳴を上げ続ける男と逃げ惑うギャラリー。

 アタシが言うのもなんだけど……。

 もう、酒場の中はめっちゃくちゃ!


「ぐへーっ!!」


 アタシは男を叩き伏せると馬乗りになった。

 そのまま拳を天高く振り上げる。

 魔力を集約させた金色こんじきの拳だ!


「これで終わりよっ!」


 トドメの一撃!


 振り下ろした拳は――。

 ――男の顔の横をすり抜けて酒場の床を打ち砕いた。


 アタシは立ち上がるとワルスギルを鋭く睨む。

 じょわ〜……。

 と、彼の股間がどんどん濡れていくのは見なかったことにしておく。


「……殺しはしないわ。こんなアナタでも、死んだらきっと勇者は悲しむから。……ただし! 今回のことは決して口外しないこと。約束を破ったら、今度こそ殺すわよ!!」

「は、はいぃぃぃ!!!」


 ふぅ、これでいい。

 バルギウスに目立たないようにって言われてるし、口止めしておけば大丈夫でしょ。


 次いでアタシは、隅っこで震えてるスタッフの前に立った。

 手の中には青い宝石がある。

 これは、さっき砕いた指輪にはまってたもの。

 それをそっと手渡す。


「これは迷惑料よ。売ればかなりのお金になるはず。お店の修繕費と……勇者を一番いい部屋に寝かせてあげて」

「は、はいっ!」

「お騒がせしちゃってゴメンね☆」


 そして、チラリと後ろに目を向ける。

 そこには眠る勇者の姿があった。


「……またね!」


 そう言うと、アタシは外に向かって走り出す。

 そして、

 ばさっ!

 と、背中に翼を生やし、魔王城を目指して空をかけるのだった。




~その後のアイラ&バルギウス~


「アイラ様、マリーダの酒場が半壊したそうです」

「へ、へぇ~~……ナ、ナニガアッタノカナ~?」

「む? その反応……まさかアイラ様が!?」

「ち、違うわよ! アタシじゃないわよ! アタシ、そんなことしないもん!」

「そうですね。被害にあった男は、赤いゴリラにやられたと言っておりますから」

「アイツ、やっぱ殺すっ!!!!」

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