シーン28 ファルナ
三日後の昼。
ファルナは赤錆の丘の上にやってきた。
暖かい風が鉄を思わせる匂いを運んでくる。
それはこの地域に咲く花の香りであり、丘の名前の由来でもあった。
丘には戦いの傷跡が深く残されている。地面は焦げ付き、穴が空き、土の壁はいくつも破壊されている。ふと目に入った花は踏みつけられ精彩を失っていた。
エイド軍の姿はない。いるのはザラメルギスの兵士だけ。
ファルナより先にやってきた兵士たちは残された物資をかき集め、残された天幕や土壁を解体している。すっかり気が緩んでいるのか仕事の進みは遅い。
だが、ファルナはそれを咎めるつもりはない。
もう戦いは終わったのだ。
丘から撤退した日が勝利の日になった。
敵陣へとたどり着いたグラニの一刺しは敵にとって予想もしないものだった。呼応してファルナの騎士から作戦を聞かされていた本隊は飼いならした水棲の魔獣を並べて川を渡り、元帥の指揮のもと攻め立てる。エイド軍はすぐに見切りをつけて後退した。
他の戦線でも勝利の報告が上がっている。
こうしてクルスミアはザラメルギスのものとなった。
まだエイドが再び攻勢をかける可能性もあるが、これだけ派手に勝利したのだから名実ともにそうなるだろうとファルナは見ていた。
しばらく戦いからも離れられると思うと肩の荷が降りたようだった。
ふと、丘から麓を見下ろす老いたケンタウルスが目に入る。
「爺」
声をかけるとグラニは跪き、ファルナに視線を合わせた。
「殿下自らこのような場所においでなさるとはいかがされました?」
「あなたと話したいことがあったのです」
「ほう。それは……」
「そう身構えないで下さい。ただの雑談ですよ」
「身に余る光栄です」
グラニは雑談をその言葉通りには受け取らなかった。
ファルナの近衛隊を率いているのだから、話す機会などこれからいくらでもある。にも関わらず、本陣を離れて丘まで来たということはよほど重要なことだ。他人から見れば些細なことだとしても、ファルナにとってはそうなのだ。
「内通者の話を覚えていますか?」
「ええ。ですが、目算は外れたと記憶しています」
「爺と相談した方はそうでしたね。実は私はもうひとり裏切り者が出るのを恐れていたのです。その方は強く聡明で信頼に値する人でしたが、私は愚かにも彼を騙して戦場に連れてきてしまいました」
ファルナの瞳にグラニの姿が映る。
「ずっと幼い頃からお世話になっていた方なのにおかしいですよね。けれど、彼にはどうしても味方になって欲しかったのです」
「素直にそう言えば良かったのやもしれませんな」
「ええ。であれば、私も余計な不安を抱えずに済んだでしょう。知っての通りお父様は革新的な人ですから、彼が父のしたことで王家に恨みを持ってもおかしくないと思ったのです。私は愚かにも彼を試しました。彼が私を裏切るはずなどないとわかっていたのに」
その告白は懺悔だった。
ファルナがグラニを疑っていたのを明かしたに等しい。
グラニからすれば奇妙な話だっただろう。ファルナの作戦にグラニは必要不可欠であり、彼を最も近くに置いていたのも彼女の意志だった。本心から疑っていたのであれば彼女の行動は理にかなっていない。
「殿下の立場であれば敵も多いでしょう。疑うことは悪ではございません。そのときは今まで通り私めにご相談下さい」
「ごめんなさい。……いえ、ありがとう」
花が咲いたようにファルナが笑う。
それを見てグラニは眩しそうに目を細めた。
「そういえば、ある方の能力について私に伝えないように、と命じたそうですね?」
「ふむ。それは物のたとえであり、殿下だからというわけでは……」
「であれば、次は彼を問い質していいのですね?」
グラニは観念したように頭を下げた。
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