シーン15 オディル

 まだ夜は明けない。

 陣地内は松明の灯りによって照らされ、十分に明るかった。

 もし、これが昼だったら夜襲の成功に大騒ぎしていたことだろう。にぎやかなのも悪くないが、僕にはこの静かな空気が合っていた。

 報告を終え、疲れも抜けて来ると次は空腹が気になってくる。

 しかし、まだ朝の配給には時間があった。

 任務前に貰ったナッツでもかじってごまかそうかと考えているとミラがひとりでうずくまっているのを見つけた。いつもであれば見回りにでも出掛けている時間か。今日は夜襲を行ったからその役目は免除されたようだ。

「何してるんですか?」

「花が咲いてたから見てる」

 確かに彼女の視線の先には花があった。薄暗闇の中でも目を引く赤い花がぽつぽつと咲いていた。顔を近づけると変わった匂いがする。

 戦場にだって花は咲く。当たり前のことだが、今までは視界に入っていても目に止めようとは思わなかった。こんな目立つ色をしているにも関わらずだ。ずっと心に余裕のない日々を送っていた証拠のように感じられた。

「面白いですね」

「なに笑ってんのよ。私が花を愛でるのはおかしい?」

「いえ、こんな場所にも咲いているのがたくましいと思って」

「花なんてどこにでも咲いてるわよ」

 ごまかしたと思われたのか、ミラはむすっと膨れた。

 獣人の戦士なのにかわいらしいとからかわれた経験でもあるのだろう。

 こういう地雷を踏んだときの対処法はいろいろあるが、話を変えるのが一番だ。それも彼女の専門で、つい喋りたくなるようなことがいい。

「野営地から逃げるときに襲ってきた敵のことは見えましたか?」

「見てないけど、聞いたわ。攻撃の瞬間まで気づかないくらい小さな音だった。武器を振る音でようやくわかったくらいだから相当よ。ウルガルも言っていたけど、普通の傭兵じゃないわ。あれが相手ならもう夜襲なんてしたくない」

「やっぱり暗殺者でしょうか。あの暗闇でも正確に首を狙ってきました」

「あの仮面に秘密があるか、あるいは私と同じかも」

「というと?」

「あの暗殺者、もしかしたら頭に耳がない獣人かもしれないわ」

 多くの獣人は耳が四つある。熊の獣人のウルガルなんかが代表例だ。

 けれど、中には耳が純人と同じで顔の横にしかない種族もいる。珍しいのか僕はあまり見たことがない。ミラがそうだとは知らなかった。

 改めてミラをよく見る。体が小さいのと小さな牙があるくらいで獣人の特徴である動物的な部分が見当たらない。一体何の獣人なんだろうか。

 フードの中を覗こうとすると深く被り直された。

「もしかして、耳が少ないのを気にしてずっとフードを被っていたんですか」

「うっさいわね。純人のあんたにはわかんないでしょうけど、獣人にもいろいろあんのよ。普通は獣人でも異種族で固まったりしないんだからね」

「そうなんですか」

「そ。変な奴らの集まりなの。傭兵として暴れまわってたのがたまたまファルナ様の目に留まって、第二戦団にねじ込んで貰ったってわけ」

 ウルガル小隊に不和の気配はないのでよくわからない。

「話を戻すわよ。獣人は純人より五感が鋭いでしょ。聴覚や嗅覚に特化している種族ならあの暗闇でも普通に動けるわ。私は目より耳を使うし、逃げるときだってみんな種の匂いを頼りに走っていたじゃない。敵も獣人なら、同じことができるわよね」

「では、僕を狙ったのは何故だと思いますか? ウルガル隊長や体の大きい獣人を狙った方が戦力を削げるはずですよね?」

「それもそうね。せっかくの奇襲なのに弱そうなのを狙う理由はないわ」

「弱そうですか……」

 まあ事実だろうけど。

「ちょっとじっとしてなさい」

 ミラは立ち上がり、僕に近づいて匂いを嗅ぐ。かと思えばぺたぺたと体を触って何かを確かめようとしてくる。

 間近から漂う女性らしい匂いに脳がくらくらする。

「特に変わったところはないわね。んー。あ、これは何?」

 彼女が叩いたのは僕のズボンのポケットだ。中をひっくり返すと魔石が出てきた。敵の罠から回収したもので、そういえば、これをどうすればいいのか聞いてなかった。

「これでしょ」

 ミラは力強く断言した。

「魔力を感知する能力があるとしたら説明がつく。これだけ大きな魔石なら秘めた魔力も相当大きい。敵はあんたを大魔術士とでも思ったんじゃないかしら。魔力を感知できる動物といえばドラゴンだけど、角も鱗もなかった。竜人じゃないわね」

「じゃあ、仮面に秘密があるんでしょうか」

「意味もなくあんな装飾の付いた仮面を付けてないでしょうし、魔道具なのはほぼ間違いないわ。でも、確信は禁物よ。詳しいことは専門家に聞いた方が――」

 ミラが突然言葉を区切った。

 森の方角を振り向くと、顔をしかめた。

「来るわ」

 静けさを打ち破って角笛の音が陣地に響く。

 それは敵の襲来を告げるものだった。

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