シーン9 オディル

 呼び出しは次の任務についてだった。

 なんとも忙しい話だが、今晩小隊で敵陣に夜襲を仕掛ける。

 情報は少なく、危険も多い。だが、ウルガルは「ファルナ様が俺たちを信じてのこと。この信頼に応えるために夜襲は絶対に成功させる」と、張り切っていた。

 おそらくこの任務と『予兆』の変化には関係がある。本来なら次のエイドの襲撃で死ぬ予定だったのが、夜襲の際に失敗して死ぬように思えてならないのだ。

「と、思うのですが、サリートはどう思いますか?」

「可能性はあるかもな。仮定ばかりが積み重なって何も答えが出ないのがつらいところだ。まあ研究ってのは時間のかかるもんだ」

「命に関わるのでできるだけ早く解明できるといいんですけどね」

 僕はまたサリートのところへ戻り、地面に文字を書いた。書き換わった方の『予兆』は『死』以外のすべてが違う文字で、やはり僕が死ぬ以外の意味がわからない。それだけでも死にそうになるタイミングだけはわかるから無駄ではないが。

「前に未来を記す本の話をしただろ?」

「泉のときですね」

「あれは明日の書と言われる魔道具だ。実在するかは怪しい。実際に見たって話も聞かないしな。でも、俺はもしかしたらって思うんだ。実は明日の書の伝説はそれを手に入れようとした奴を騙すための嘘なんじゃないかってな」

「騙す、ですか?」

「ああ。あからさまに本を示すような名前を付けてある。でも、伝説の魔道具だぞ。ただの本じゃないかもしれない。たとえば、そう。人と融合させるものだったり、人そのものだったり。これなら見つからなかった理由にも説明が付く」

「僕が魔道具だとでも言うんですか」

 手のひらを見る。体を見る。これまでを思い返す。

 『予兆』のことを除けば僕はごく普通の純人で、特別なことなど何もない。魔道具だと言われてもまったくピンと来なかった。

「まあこれもまだまだ仮説だな。検証する時間もない。ほれ」

 サリートは僕に一枚の紙きれを手渡した。

 紙にはザラメルギス語の単語とそれに対応するであろうどこかで見たような形の記号が書かれている。何を意味するかはすぐにわかった。

 サリートの気づかいにじんわりと体が熱くなる。

「戦いや死因に関わるようなクルスミア語を思い出せる限りまとめた。すべてを網羅できるわけじゃないが、任務までに覚えておくといい。どうやら『予兆』ってのはわりとよく変わるみたいだからな」

 単語は剣や槍などの武器から始まり、魔術に関わるもの、戦に関係あるものや致命傷となりそうな体の部位など四十ほどの言葉が書かれていた。これで文章そのものを読めるわけじゃないけど、単語が分かれば何に注意すればいいかわかる。生存率は間違いなく上がる。

「ありがとう、サリート」

「いいってことよ。これくらいしか俺にはできないからな」

 少し照れたように鼻を掻いた。

 ふと、ファルナとの会話を思い出す。彼女は僕の直観が本物ならもっと上手くやれると言ってくれた。この単語表はがあればそれも嘘ではなくなるかもしれない。

 小隊のみんなは武器を振るって戦っていた。

 僕にとっての武器はこの知識と『予兆』なのだ。

 おかげで僕がサリートのどこを羨んでいたのかやっとわかった。

 その知識だ。彼は幅広い物事について知っている。知っていなくても知識を組み合わせて予測や仮説を組み立てることができる。そうやって僕を助けてくれた。

 魔術は真似できなくても知ることで僕は彼に近づける。

 次こそはウルガル小隊の力になれる。

 『予兆』を使えば、きっと夜襲も成功する。

 刻一刻と死が近づく。

 だが、怖くはなかった。

 もう『予兆』に怯えるだけではなく、それを活かすための知識を手に入れたのだから。

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