第2話 ツンデレ狐娘、駅前広場でクレープと戦う

日曜の朝。


ドキドキもワクワクもない人生で始めてのデートの日だ。


 待ち合わせ場所に現れた狐娘は、例によって完璧に着物を着こなしながら、ものすごく不機嫌そうな顔をしていた。


「……別に、デートなんて気乗りしないんだから」


「知ってるよ。俺だって普通に休日を過ごしたいんだ」


「じゃあやめればいいのに」


「そうもいかないだろ」


 待ち合わせ場所に現れた狐娘は、今日は着物ではなかった。


白地に淡い桜模様の入ったワンピース。その上から薄手の羽織を重ね、足元はベージュのパンプス。


 髪はいつもより丁寧に結われ、光沢のある黒髪が肩で揺れる。耳はぴんと立ち、尾もきちんと整えられていて、彼女なりに気を遣っているのが分かる。


 ただし顔はとことん不機嫌で、唇をきゅっと結び、俺を睨むように見上げていた。


「オシャレだな」


 俺は思わず口に出した。

てっきりまた着物で来るとばかり思っていたが洋と日本を合わせたなかなかセンスの良い服装だ。

服選びのセンスは皆無な方なので素直に尊敬する。


 しかし返ってきたのは、冷たい視線とそっけない口調。


「ふん。だから何? 別に褒められても嬉しくないんだから」


 耳をぴくりと動かし、視線も合わせずにすぐそっぽを向く。

 俺が何を言っても表情一つ変えず、ただひたすらツンとした態度である。


 人混みの駅前広場。周囲にはカップルや家族連れが溢れていて、俺たちだけが妙にぎこちない。

別に誰が見ているとゆう訳でもないが居心地の悪さを覚える。


 とはいえ、一度行くと言ってしまった以上、逃げ場はない。

俺は肩をすくめながら


「じゃあ行くか」


と歩き出した。狐娘は少し遅れて並ぶ。


今日はとりあえず仲を深める為にデートをすることになった。


なんとしても断りたかったが日本の未来がとか、いいんだお前は悪くないお父さんが全部の責任を背負えばいいんだとか言い始め、状況としてはRPGで仲間にしないと先に進めないNPCと会話している気分だった。


沈黙が続く。

このまま無言の訳にもいかないし何か話題を振ってみるか。


「今日は天気がいいな」


「あんたとのデートの予定さえなければ最高の1日になっていたでしょうね」


「今日は何かしてみたいこととかあるか?」


「今の所はそうね、今すぐ帰りたいわ」


会話の糸口を探すが、出てくるのはどうでもいい小言ばかりだ。

取り付く島もないとはまさにこのこと。


「そもそもこっちの世界についてどれくらい知ってるんだ?」


「本で歴史書を読んだり、お父様方から聞いた程度かしら」


「なるほどね…」


 周囲を見回してみると、駅前の広場にはフードトラックやカフェの屋台が並び、甘い匂いや焼き立てのパンの香ばしい香りが風に乗って漂ってくる。


「例えば、あれ。クレープとか食べたことあるか?」


「……聞いたことはあるわ。生地を巻いたお菓子でしょう?」


「そうそう、食べたことないだろ。せっかくだし試してみないか?」


 そう言って軽く顎で屋台を示すと、狐娘は露骨に眉をひそめた。


「別に興味ないわ」


 と言いつつも、彼女の耳がぴくりと動く。甘い匂いに反応しているのが丸わかりだ。


「ふーん、そうか。まあ俺は食べたいから買ってくる」


意地の悪い笑みを浮かべながら俺は列に並び、ほどなくして二つのクレープを手にした。ひとつは生クリームとイチゴ、もうひとつはバナナとチョコ。


「だから私は食べないわよ」


「誰がお前用だと言った。2つとも俺のだよ」


そう言うと悔しそうにこちらを睨み顔を赤く染めながらまたそっぽを向く。


「全くやっぱり人間なんか信用ならないわ。こんな性格の悪い種族さっさと滅ぼしてしまえばいいのよ」


「ごめんごめん冗談だよ。思う所は互いにあるだろうけど今日は楽しまないか?」


早く家に帰ってもどうせ親父にまた何か言われるのだ。

それならば仲良くなるまで行かなくとも、せめて時間まで互いに嫌な思いはしたくないだろう。


「……仕方ないわね。付き合ってあげるわ」


 と、少しだけ迷った末にイチゴの方を取った。


「別に美味しそうとか思ってないわ。ただ少しお腹が空いてただけよ」


「はいはいそうですか。」


 そう言いつつも、クレープの先端をちょっと齧った彼女の尻尾が、ほんのわずかに揺れているのを俺は見逃さなかった。


「どうだ? 美味しいか?」


「……まあ、悪くはないわね」


 そっけなく答える狐娘。


 言葉は冷たいままだが、頬はほんのり桜色に染まり、視線はクレープから離れない。


そこには、年相応の少女らしいあどけなさがあった。


俺は思わず笑ってしまい――


「何よ?」


彼女が怪訝そうに睨んでくる。


「いや、口元にクリームついてるぞ」


 狐娘は慌てて羽織の袖で口を拭い、ぷいっとそっぽを向いた。


「知ってるわよ、そんなこと」


「どうだ、美味しかったか?」


「まあまあね。でも次食べる時も付き合ってあげていいわ」


「お気にめしたようで」


まだまだ互いにどうなるか分からない険しい道のりではあるが少し心が近づいた気がした。


僕らの始めてのデートは始まったばかりだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る