第10話「運命の奔流」

 カイがαであるという衝撃の事実を知った、その夜のことだった。


 夕食を終え、いつものように眠りについたはずなのに、僕は体の内側から燃え上がるような熱さで目を覚ました。全身の血液が沸騰しているかのようだ。息が上がり、体の節々が痛む。風邪だろうか。いや、これは明らかに違う。


 そして、自分の体から、信じられないほど甘い香りが立ち上っていることに気づいた。それは、熟れた果実と花々を凝縮したような、むせ返るほどの香り。僕自身、この香りに酩酊しそうになる。


 何だ、これは。僕の体は、一体どうなってしまったんだ。


「ぐっ……うぅ……!」

 抗いがたい衝動が、体の奥から突き上げてくる。下腹部が熱を持ち、誰かに、強く抱きしめてほしいという切実な欲求が全身を駆け巡る。αである僕が、こんな感情を抱くなんて、ありえない。


 混乱する僕の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。体が弱かった僕は、定期的に公爵家の主治医から「体質改善の薬」だというものを飲まされていた。苦くて、飲むたびに数日間、熱を出したあの薬。


 まさか。


 あれは、体質改善の薬などではなかったのだ。αとして生まれたはずの僕の体に現れた、Ωの兆候。それを無理やり押さえつけ、「矯正」するための、強力な抑制剤だったのだ。


 貴族社会、特に公爵家のような高い家柄において、Ωの男は蔑みの対象だ。家の恥とされる。だから両親は、僕の本当の性質を捻じ曲げ、偽りのαとして育て上げたのだ。


 追放され、抑制剤が手に入らなくなったことで、僕の体は本来の姿を取り戻そうとしている。

 これが、僕の真実。僕は、エリートαなどではなかった。一人の、ただのΩだったのだ。


 高熱と快感の波が、交互に僕を襲う。これが、書物でしか読んだことのなかった、Ωの発情期――ヒート。

「か……カイ……」

 無意識のうちに、彼の名を呼んでいた。助けてほしい。この苦しみから、僕を救い出してほしい。


 甘いフェロモンが、狭い小屋の中に充満していく。

 僕の意識は、運命の奔流に飲み込まれるように、ゆっくりと遠のいていった。

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