群青
楓葉蓮
旅立ち
白い煙を煙突から悠々と吐き出す汽車は、背の高い木々の間を走っている。空は赤く色づき新しい1日の訪れを告げているというのに、木々の間は未だ薄暗い。
「はぁ、いつまで森の中を走っているんだろう」
私はすでに1日ほども狭い客席に座って、この暗い森を眺めている。最初の頃こそ、物珍しさでずっと窓の外を眺めていたが、流石に見飽きてしまった。
「リエカまではまだ半日ほどかかりますよ」
前に座っている身なりの綺麗な男が言った。
「リエカへは何回か行ったことがあるんですか?」
特にやることもなかったので、私はその男と話すことにした。
「えぇ、リエカへは小さい頃に家族とよく行きました。リエカへは何をしに?」
「私は旅人なので、観光でもしてみようかと」
旅人になったつもりはないが、そう答えておくことにした。
「へぇ旅人ですか。他にはどちらへ行ったことがあるのですか?」
「いえ、まだ始めたばかりなのでリエカが最初です」
そう、私にとって最初の旅路は薄暗い森になってしまったのだ。
「それなら最初の観光は楽しいものになるでしょうね。何せリエカはいいところですから。海は綺麗だし、美味しい魚料理も食べられるので」
昔、行商に聞いた海はただの大きな水溜まりのようだったけど、実際に見る海ってどんな感じなのだろう。
「海を初めて見た時はどんなふうに感じました?」
海というものに興味が湧いた私は、珍しく自分から聞いていた。
「海を初めて見た時は、その大きさに息を飲みましたよ。だって視界の端から端まで海で満たしても足りないほど大きいんですから。しかしまぁ、端的に言ってしまえばただの水溜まりですね」
やはり海というものはただの大きな水溜まりのようだ。
「しかし不思議なことに、このただの水溜まりも実際に見てみると何故か感動するんですよ。やはり聞くのと実際に見るのとでは全然違いますね」
本当にそんなただの水溜まりに感動するのだろうか。海には船が浮かんでいると聞いたことがあるが、大きな池が家の近くにあったから、小さい時はボートで遊んだこともある。
「少しよろしいでしょうか。お屋敷から電信が」
「わかった今行く」
そんなことを考えているとしっかりした装いの男が目の前の男とそんな言葉を交わしていた。
「少し席を外させてもらいますね」
そう言い男は席を立って行ってしまった。
この客席に1人なって、またやることがなくなってしまった。特にやらなければならないこともなかったので窓の外を眺めていることにした。
しかし、しばらくして汽車はトンネルへ入ってしまったので窓の外の景色を眺めることもできなくなってしまった。だから、私はこれからについて考えることにした。
考えることはいくらでもある。例えば路銀のこと、これから行く場所について、これから何をするかなどいくらでも上がってくる。特に路銀は問題だ。家を追い出された時に貰ったのは50000リレと汽車の乗車券だけだ。これではすぐに飢えてしまう。仕事を探すにしてもアテがあるわけでも、何か特出した特技があるわけでもない。
そんなことを考えていた次の瞬間、視界が青一色に支配された。空も地面も青一色だった。否、青いのは地面ではなく大きな水溜まり、
海だ。
海は息を呑むほどに雄大で圧倒的だった。
「ほらね、感動するでしょう」
視線を前に戻すと先ほどの男が戻って来ていた。
「本当に、聞くのと見るのとでは大違いですね」
目の前に広がる海は確かにただの水溜まりなのに、何故か心が躍る。スカッと暗い考えを全て吹き飛ばしてしまう。
「もしよければですけど、僕も旅に連れて行ってもらえませんかねぇ?」
「え?..」
それは突然の提案だった。
「いやぁそれが、大事な商談をすっぽかしたのを御父上にバレてしまってですね。帰ってくるなと言われてしまったんですよ」
「それは、なんというか、大変ですね」
「やっていて面白いと思ったことのない仕事だったのでいいんですがね、突然仕事がなくなってしまったものなのでどうしたものかと思ったのですけど、帰れないのならいっそ旅にでも出ようと思って今あなたに頼んでいるのですよ」
この人は思っていたよりも変な人なのかもしれない。まぁ特に断る理由はないし、3人集まれば文殊の知恵とも言うし。まぁ3人じゃなくて2人だけども。
「別にいいですよいいですよ」
「本当ですか?それじゃぁ、これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「それじゃぁまずは路銀ですね。僕無一文ですし。」
無一文が2人になっただけだった。やっぱり2人になったくらいでは何も解決しないんだなぁ。でも何故か青い空と海を見ているとなんとなくうまく行くような気がしてくる。
紺碧に輝く景色が心の中に渦巻いていた不安や心配をいつのまにか全て押し流していた。
「海、キレイだなぁ」
群青 楓葉蓮 @LLENN_160
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