精霊獣は宝石に眠る

豊川夢久

プロローグ

 その宝石は、まるで眠っているようだった。


 まばゆい光を抱き、透き通る殻の奥で、静かに息づくものがある。

 風を駆ける羽音。湖底の囁き。炎の揺らめき。森の吐息。

 人の言葉を持たぬはずのものが、宝石に宿り、夢を見ている。


 深い湖を思わせる蒼──だが光をかざせば、小さな羽が震える影が見えた。

 その羽は体を覆い隠すように閉じられ、ひっそりと眠りに沈んでいる。


「……まだ、目を覚ます気はないらしいな」


 獣石。

 精霊獣を宿した宝石の名。

 人はそれを護符と呼び、王侯は富の証とし、ときに戦場で血を吸わせる。

 それこそが精霊獣に課せられた役割であり、永遠にも近い命を人に与える唯一の術だった。


 工房の机に腰を下ろし、ローワン・ヴェルディは小さく息を吐く。

 精霊獣はやがて自ら目を閉じ、力を沈める。休眠とも、拗ねているとも言われるが、真実を知る者はいない。

 彼にできるのは、宝石を磨き、温かな光を通してやることだけ。

 石の奥から伝わる小さな呼吸が、胸の奥を静かに満たしていく。


 ローワンは義手をそっと撫でた。

 右腕の肘から先──そこにあるのは血肉ではなく、宝石と金属で編まれた精巧な造り物。

 緑の光を帯びた宝石が呼吸に合わせるように淡く瞬き、静かに脈動していた。


 あの日、まだ少年だった彼の工房は、暴走した精霊獣の炎に包まれた。

 両親も家も、すべてを奪われ、残ったのは焼け跡と、この義手だけ。

 それから十余年。

 彼は天涯孤独の獣石商として、王都の片隅でひっそりと生き続けている。


 粗悪な獣石が出回る王都で、ローワンは今日も命の限りある精霊獣を宝石に宿す。

 ──それが獣石商の務めであり、彼が生きてきた理由だった。


 工房だけが、失われた家族に代わる居場所。

 その静けさを破るように、重い扉が叩かれた。


「獣石商ローワン・ヴェルディだな!」


 鋭い声とともに扉が開き、陽光をまとった影が立つ。

 背は高く、褐色の肌に、鍛えられた体。

 腰には大剣、肩には粗布のマント。

 その手には縄で縛られた檻があり、中では光の尾を揺らす小さな狐の精霊獣が必死にもがいていた。


「精霊獣を捕らえてきた。宝石に宿してもらえるか?」


 低く真っ直ぐな声。

 琥珀の瞳には、幾多の獲物を仕留めてきた男の自負が宿っている。


 ――ローワンと、この精霊獣ハンターとの出会いは、最悪だった。

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