第23話温もりに包まれて ≪光希視点≫
≪光希視点≫
あの日以降、何をやるにも身に入らなくなってしまった。涼介とろくに喧嘩をしたことがなかった。
そもそも、自分と喧嘩をするような人間がいなかったから、喧嘩をした後や気まずくなったときの仲直りの仕方がよくわからない。
彼と友人になって以来、一人ぼっちじゃなかったから、一人の空間というものが非常に耐えがたいものだとは思わなかった。
気力がないとはいえ、リハビリは頑張っている。
早く、十全に体を動かせるようにならないといけない。その逸る気持ちだけが今の僕を突き動かしている。
早く体を十分動かせるようにならないと、満足げに戦うことすらできない。戦えるようにならないと、涼介たちのいるところにまで行くことができない。
きっと、涼介はそんな僕の心情を見抜いていたのだろう。だから、彼は僕に焦らないようにって言ったのだ。
でも、僕はその心遣いを無下にしてしまった。彼は僕と向き合って考えてくれたのに、僕は彼に対する醜い嫉妬から、彼を傷つけてしまった。
おそらく、涼介が見舞いに来なくなったのはこんなくだらない弱音を吐いて関係のない人間を責める自分には幻滅してしまったのだろう。
いくら友人を大切にするからと言って、理不尽な態度を取られたら誰でも嫌になる。
歩行訓練を行いながら、そうぼんやりと考える。外の灰色の曇り空はまるで僕の心境を映し出しているようだ。
ぼーっとしてたことにより、注意散漫になっていたからか、足を縺れさせてしまった。周りの療法士さんたちが支えてくれたから、頭を打つことはなかった。それにしても天井がよく見える。
こうしてみると案外、自分が思うよりも燃え尽きているようだ。体から力が抜けて、動くのさえおっくうに感じてしまう。もういっそ、このままでもいいかと思ってしまった。
まぁ、このままでいるとサポートしてくれている療法士さんたちに迷惑をかけてしまうので、寝転がった状態から起き上がる。療法士さんたちはこけた僕を見て、心配しているようだ。
「菱谷さん、今日はもうやめときましょうか。リハビリテーションは順調なので、今日ちょっとだけ休むぐらい、誰も文句言いませんよ。無理は逆に良くないと思います。」
「そうですよ、菱谷さん。最近疲れているようなので、体をしっかりと休ませた方がいいです。あとちょっとで、退院できるぐらいですし。」
そんなに僕は疲れているように見えただろうか?まぁ、今のこの状態でこれ以上続けても意味がないと思ったので、療法士さんたちの言葉を受け取って病室に戻った。
今はもう目覚めたときにあった背中の激痛も今ではすっかりなくなっている。折れていた左腕もほぼほぼ完治しているため、あと数日で退院できるようだ。
病室に戻ってからもぼーっとし続けている。涼介以外の友人もお見舞いに来てくれるが、やはりみんな忙しいのか、頻度はそこまで高くない。だから、涼介が来なくなってからはぼーっとしているか、一人で読書をしていることが多い。
窓辺の景色を見ていると誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。そういえば、病室へ戻るときに「面会希望の方がいらっしゃいますが、いかがなさいますか」と聞かれたのを思いだす。
「ど、どうぞ。」
「失礼します。……光希くん、お見舞いに来ましたよ。体調はどうですか?」
「まぁ、ある程度回復したが。…………」
「なるほど、彼の言った通りですね。どうやら、自分では気が付いていないようですが……。」
お見舞いに来たのは学校に入ってから友人になった刹那だった。彼は僕をじっと観察すると、どこか納得したような面持ちで僕のそばに近づいた。
刹那――【学生大隊】の中でも、僕が所属している[遊撃部隊]に所属している、彼は同じ部隊ということで、涼介の次に気心の知れている友人だ。
彼はその中性的で儚げな見た目のせいで、酷い目にあうことが多々あった。例えば、変質者にストーキングされたり、彼に狂った叔父が彼を誘拐・監禁する。
これらはまだ序の口だ。彼が巻き込まれたものの中には本当に胸糞悪い事件も存在する。
だからと言って、彼はそんな目にあっても自分の意思を諦めない。彼は彼自身の信じる信念をしっかりと持っている。僕は彼のそんな芯のあるところを尊敬している。
それにしても『彼の言った通り』とはどういうことなのだろうか?もしかして、涼介に言われたのだろうか。
あと、いくら慣れているとはいえ、じっと見つめられるのは恥ずかしいのだが……。
「気が付いてないってどういうことだ。体に異常はもう見られないから、先生ももう退院できるって言ってたぞ。」
「はぁ、……本当に他人の変化にはそれなりに敏感なのに、どうして自分のことになるとこんな鈍感になるのはなぜなのでしょうか。」
「……」
「大方、せせらぎさんがいなくなってしまったことで悲嘆にくれているところに、涼介さんと仲違いをしてしまって、精神的に不安定になっている。……そうでしょう?」
彼が真顔でこちらを見ながら、今の心理状態を的確に指摘する。心なしかにやついているのは気のせいだろうか。
何より、彼の発言が胸の真ん中を貫通したような心地がする。できることなら、ここから逃げ出してしまいたい。
彼は関わり合いのない他人には礼儀正しく、一歩引いた姿勢で接することがほとんどだ。その一方で、友好を深めるとかなり自分の意見をはっきり言う質である。
そのためか、自分の意見は基本的に曲げない涼介と些細なことで喧嘩しているところをよく見かけている。あれはもういっそ同族嫌悪なのかもしれない。
僕が思考を他にずらしているのを刹那は見抜いたようで、その目をゆっくりと細め、何も言わずに僕を見つめる。彼は自分が言うのではなく、僕が自分で言うように誘導したいのだろう。
「間違ってはいない。」
「おや、不十分でしたか。……でも、大体当たっているでしょう?まぁ、これもあなたと涼介の態度に全部出ているからですよ。他の方々も気づいていますよ。」
「……なぁ、僕ってそんなに分かりやすいのか?」
「えっと、そうですね……。表情が乏しいように見えて以外と顔に出ているからでしょうか。結構分かりやすいですよ。それに気づけたのはせせらぎさんから教えてもらったからですが。」
彼はいつになく穏やかで囁くような口調でそう言うと、僕のお見舞いに持ってきた様々なフルーツが入ったかごからリンゴを一つ取り出し、慣れた手つきで剝き始める。
それから、僕たちは二人とも自分から言葉を発しなかった。いや、発しなったのではない。発せられなかったのだ。
彼に切ったリンゴをさらに乗せ僕に手渡す。リンゴの甘くて酸っぱい匂いがふわりと香る。途端に懐かしい記憶がよみがえる。
せせらぎと、幼かったころの涼介と三人で食べた思い出が鮮明に浮かんでくるのだ。また、三人で食べたかったなぁ。
「あら、泣いちゃうほど美味しかったのですか。」
刹那がこちらの顔を覗きながら、少し自信なさげに言った。と言うよりも、少し混乱しているみたいだ。
「あれ……?本当だ。涙でぼやけて見える。……ごめんな、すぐ止めるから。」
これ以上みっともない姿を見せたくなかった。ただでさえ、無様な姿をさらし続けているからだ。
どうにも涙を止めようにも、止められない。止めなくちゃ、……止めなくちゃ、笑われる。
幼いころの、泣き虫で弱虫だからいじめられた記憶が脳裏にちらつく。あんなことを繰り返すのはもう嫌なのだ。傷つきたくないと、幼い心が叫んでいる。
「はぁ、全く仕方のない人ですね。」
「え?」
「……大丈夫ですよ、ここにあなたを害する人はいません。今ここにいるのは僕とあなた。違いますか?……泣いてもいいのですよ。だって、あなたはいっぱい傷ついた。それを癒すために泣くことは悪くないのですよ。」
刹那がため息を吐いたかと思うと、こちらに近づいて僕を抱きしめた。一瞬何が起こったのか分からなかった。
僕を抱きしめる温かくてやさしい手はどこか震えているようだ。その手が忘れていたはずの、母とのわずかな幸せな時間を思い出させる。
どうしても、泣いている姿を見せたくなかったから、彼から離れようと藻掻こうと思った。だけど、それは叶わなかった。
あまりにも、僕にかけた言葉が優しく穏やかだったから、拒絶することができない。
「ほんとうに、いいの?」
「えぇ、泣くことは悪いことではないのです。」
「ぼくが、なきむしでも、きらいにならない?」
はっと、息をのむような音が聞こえた気がした。それでも、彼は優しく僕にささやく。
「嫌いになんかなりませんよ。泣き虫なところもひっくるめてあなたなんですから」
その言葉が引き金となって、僕はしばらく泣き続けた。その間、刹那は僕を母が子を慈しむように、優しく僕を抱きしめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます