第21話目覚めから≪光希視点≫
≪光希視点≫
病室で一度目を開けてから、眠気にあらがうことができずに再び目を閉じた。なぜだか体が鉛のように重い。
一度意識が覚醒してからは背中のズキズキとした痛みで思うように眠ることができなかった。体は眠っているのに意識だけは覚醒しているという状態だ。
それでも体は休息を必要としていたようで、浅い眠りに就くか激痛で目を覚ますことの繰り返しはしばらく続いた。
そして、次にはっきりと意識が覚醒したときは不思議と痛みは感じなかった。しかし、体は鉛のように重く起き上がることすらままならない。
動くことができないとついつい余計なことまで考えてしまう。そのせいで、外で降る雨の音が余計にこびりついてやまない。
それからは、ただぼーっとしていた。まさしく抜け殻というにふさわしい様だ。眠ろうにも眠たくならないし、だからと言って何かを考えたり、思い出したりするのも嫌だった。
端的に言えばこの無情な現実から逃避したかったのかもしれない。
静寂のままに無駄に時間が経っていった。それとともにだんだんと思考が冴えてくる。思考がさえたことによって、あの日の……彼女のことがフラッシュバックしてしまう。目に見える景色がほとんど灰色だという事実が、僕の気分をさらに下降させるのだ。
「弱くて、ごめん……せせらぎ」
一言、たった一言だけど弱音が出ると口から出る言葉すべてが弱音へと変わっていく。
いつもそうだ。僕は人の優しさを受け取るだけ受け取ってそれをないがしろにすることしかできない。
せせらぎに出会ったときも、村で友人ができたときもそうだ。彼らはどうなった?みんな、みんな深い傷を負って今も治りきっていなかったり、せせらぎに関しては生死すら分からなくなっている。
僕は彼らに貰う分だけ貰って何も返せていない。甘えすぎていたのだ。与えられることに慣れて、一瞬で奪われる現実から逃げ続けた。このけがの痛みも、せせらぎがいなくなってしまったこともすべて、すべて……。
「僕が、関わってしまったから。」
拳を握りしめようにも力が入らない。それが歯がゆくて、歯がゆくて仕方がない。無機色な病室は今の僕に薄暗く感じて、さらに気持ちが沈んでいく。
謝りたい人はここにはいない。悔やんでいても時は戻らない。そんなことは分かっている。分かっていても、どうしても、縋っていしまう、悔やみ続けてしまう。こんな愚かで姦しい自分自身が本当に嫌になる。
譫言のようにつぶやき続けた言葉はやがて涙に変わり、とどめなく流れ続ける。こんな自業自得な状況で泣いて言い訳ないのに、一度泣きだしたら止まらなかった。否、止められなかったのだ。
ドアをノックする音が聞こえる。
「光希ー。……やっぱ、起きてねぇか。」
そう自嘲気味に言いながら入ってきたのは病室に入ってきたのは涼介だった。どうやら彼は僕のお見舞いに来たらしい。彼の様子からすると僕は相当な時間を眠りに費やしていたのだろう。
彼は快活とまではいかないけど、辛いことを笑い飛ばしてくれるような奴だ。そんな彼が目元に隈を拵えて、なおかつ、ため息をついている姿が彼の気持ちを代弁している。もう一息、彼がため息を吐くとこちら側に近づいてきた。
勘弁してほしい。今のこのどんよりとした空気を換えるという意味ではありがたい。
だが、今はどうしても彼には……彼にだけは会いたくなかった。彼に見つめられると、僕のすべてを見透かされたような気分になる。
彼はいつも僕の真意を的確に見抜く。そして、僕を立ち上がらせようとする。でも、今は僕には何もない。
コツリ、コツリと彼はゆっくりと近づいてくる。それに比例するように僕の鼓動はどんどん高まっていく。
焦燥からなのか、汗で首元の髪の毛がまとわりついて気になって堪らない。どうにか目をつぶろうにも、外で降る雨がノイズになって頭で反響して眠れない。
彼の足音が止んだ。静寂が戻ってきたようだ。それでも僕は彼を見ることができなかった。
彼は今自分のことをどんな顔で見ているのだろう。他の看護師でもいいから、誰か来てほしい。僕にはこの沈黙が耐えられない。
「なぁ、光希……お前、起きているよな?」
先に沈黙を破ったのは涼介だった。どうにもこの静寂は彼にとっても煩わしいものだったらしい。彼はどこか確信じみた口調で言う。ただ、彼の声がほんの少しだけ震えているのは気のせいだろうか?僕には目を開けるしか選択肢が残っていなかった。
「…………なんで、わかった。」
「瞼が、……瞼が震えてたんだよ。俺が近づくたびに反応するもんだから分かりやすかったわ。……はぁ、でも本当に良かった。」
「りょう、すけ」
「もう、目覚めないかと……思った。……生きて、生きて戻ってきてくれてありがとう。」
目を開けても彼から視線を逸らしたままだった。彼と目を合わせてしまうと、すべてを吐き出してしまいそうになるからだ。恐る恐る彼の方に目を向けてしまったら、ダメだった。
彼は泣いているようだった。彼の目からはぽろぽろと涙が零れ落ちる。やがてそれらは僕の布団の上でシミとなる。布団の方に目をやるとつかむ手は強く震えている。それからもう一度彼の方に目をやると、彼は笑っていた。僕を愛おしいとでも思うような目で見つめながら笑っている。
「あっ、ナースコールを押さないと。……自分で押せないわな。」
そう言ってから、彼は枕元に置かれているナースコールのボタンを押した。そこで初めて自分の腕が思うように動かないことに気づく。俺があたふたしている様子をみて、彼はやれやれと言いたげな顔で僕のことを見た。
「お前な、そりゃ1か月も寝てりゃ、腕も動かねぇに決まっているだろ。」
「は?……まじか、そりゃ、こんな声、ガサガサなわけだ。」
1か月……そんなに寝ていたのか。そりゃあ、彼があんなに暗い顔をするわけだ。それにしても、この腕の違和感は一体何なんだろうか?
「俺の……腕」
「ん?どうした?腕、痛いのか?」
「ち、違う。左腕、何か……変。」
「それな……お前、左腕が折れてるからだぞ。しっかりと固定されているから、違和感程度で済んでるけど、運ばれたときは本当にやばかった。」
「やばかった。」
さっきまでは笑っていた彼が、スンと真顔になりながら言った。博識で話すときにはどこか難しい言葉ばかり使う彼が、その語彙力を溶かすような発言をするくらいだから、どれほど衝撃的な姿だったのだろうか。
聞きたい気持ちもあるが、なぜだか聞いてはいけない気がした。パンドラの箱を開けるような末恐ろしいものを感じたからだ。
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