第18話 想い届かず、流れは別つ ≪光希視点≫
≪光希視点≫
「光希君、ごめんね。」
■■■■の声がする。でも、その声はいつもの■■■■よりも大人びていた。
彼女の声はとても暖かくてずっと浸っていたいと思った。どこか泣きそうに震えているその声は、何か重大なことを成す覚悟がこもっている。
■■■■が僕からどんどんと離れていく。それを追いかけようにも僕の体は指1つ動かない。それどころか、周りの景色は真っ暗だ。
今まで、僕は何をしていたのか。僕がどうしてこうなっているのか。それを僕は一切思い出すことができない。視界に霧がかかったような感覚でどこかもやもやする。
僕は確か……どこかに行こうとしていた。一体どこに。…………任務だ。そうだ、確か違法の研究を行っていた研究所跡に
誰か、僕とずっと一緒にいてくれた人がいた。僕を育ててくれて、僕に生きる道を照らしてくれた人。
そんな人がいたはずなのに、その人のことを思い浮かべることすらできない。
思い出せない自分に対し苦悩していると、指先の感覚がなくなってきた。それだけではなく、視界も、嗅覚も、味覚も、聴覚も何もかも感覚が奪われていく。
そして、体がどこかに沈んでいくのをただ受け入れるしかない。
「――!」
「――‼」
突然、誰かに腕を引っ張られた。二人ほどだろうか、それぞれ女と男の腕のようだ。二人とも僕の腕を強くつかんでいた。その拍子でなくなりかけた感覚が少しだけ戻ってきた。
「光希‼
女の方が目に涙を浮かべながら僕に向かって切羽詰まった声で叫ぶ。女はどこか懐かしい雰囲気を漂わせているが、誰なのかが分からない。
でも、なんとなく忘れてしまってはダメなような気がする。
「光希……お願いだから、
男の方が僕にしがみついて、懇願するようにして叫ぶ。女とは違い全く存在すら、思い浮かべることができない。
それなのにどうしてか、そんな自分に激しく苛立ちを覚える。確かに、確かにそこにあったはずなのに、断片すら感じることができない。
彼女って、……彼女っていったい誰なんだ。さっきまでずっとそばにいてくれたのに、■■■■のことを思い出そうとする度に、幻だったかのように触れては消えてしまう。思い出そうとする度に、頭に激痛が走り苦しくてしょうがない。
水の跳ねる音がする。
最初は雫が水面に落ちて跳ねる音だったのが、だんだん範囲が広がってきて雨が地面を穿つような音がする。それを僕はただ、眺めている。
僕はこれを知っている。この音がするところに彼女はいる。僕が来ると、笑って抱きしめてくれるのだ。
『せせらぎですか。いい響きですね。……今日から私はせせらぎです。光希君、ありがとう』
そうだ、せせらぎだ。僕をここまで育ててくれた親で、師で……相棒だ。それなのにすぐに思い出せなかった。あんなに僕を大事にしてくれたのに……!
それで、今はカイエンという少年と戦って、でも僕が弱いから歯が立たなくて、それでもせせらぎに苦しんでほしくなくてあいつの首にナイフを突き刺したんだ。
僕は自分の不甲斐なさと悔しさで頭がいっぱいになって、ついにはしゃがみ込んでしまった。
それでも、男と女は僕に手を差し伸べてくれる。どうして、僕にここまでのことをしてくれるのだろう。そう疑問に思いながら頭をあげると、信じられないものを目にした。
「母さん?それに……
死んでしまったはずの、母さんと光太郎おじさんが目の前にいた。二人とも僕が幼いときに亡くなったはずなのに、今ここにいる。つまり、ここがそういう場所なのだと今理解した。
「ここは……死後の世界なんだね。」
「ええ、そうよ。……でも、あなたはまだ間に合う。」
『だから、彼女のところに戻りなさい。あと、60年はこっちに来ちゃだめよ』と母さんは泣きそうな笑みを浮かべながら言った。母さんは僕の背中を押した。行ってらっしゃいとでも言うかのように。
前の方には光が見える。僕はあっちに進めば、また目覚めることができる。もう後ろからは二人の気配がしない。僕はいつの間にか流れていた涙をぬぐい去りながら光のある方へ進んだ。
「頑張って、光希」
どこからか母の優しい声が聞こえたような、そんな気がした。
光に目が眩みそうになったとき、僕は目覚めることができた。それでもどこか嫌な予感がした。そういえば、せせらぎはどこにいるんだ?近くに彼女がいた形跡すらない。
動かしにくい体を無理やり起こし、周りを見渡す。僕の周りにはシャボン玉のような水の膜が張られている。おそらく、彼女が張った結界なのだろう。それに、彼女が作ったと思われる水の幻獣が数匹僕を囲うようにしていた。
幻獣たちに支えてもらうようにして背中を起こしてもらうと、見えたものに僕は、目を疑った。
「せせらぎ……どうして……?」
そこには自分の身を犠牲にして、カイエンを飲み込もうとしているせせらぎがいた。
彼女の顔は、自分を犠牲にしてもカイエンを滅ぼそうとする覚悟が見えた。彼女がこちらを向くと、困ったような顔をして笑った。
「あぁ、覚悟が鈍っちゃうじゃない」
多分僕が今何を言っても彼女には届かない。それほどまでに彼女は強固な想いを持っていた。でも、そんな覚悟を持ってほしくはなかった。
彼女は、
「光希、ごめんね。私がまた壊してしまう前にあなたから離れなくちゃいけない」
壊してしまうかなんてその時にならなくちゃ分からないじゃないか。それなのに、どうして壊れてしまうのが絶対なんて決めつけてしまうんだ。
「せせらぎ‼……僕は、ただ‼」
「私も、光希と一緒にいたかった。でも、これ以上大切なものが失われるのは見たくない。」
彼女が寂しそうな笑顔を浮かべながらそう言った。そんな苦しそうな顔をするぐらいなら、こんなことしないで欲しかった。
僕はただ、せせらぎとこの世界で共に在りたかった。……それだけなのに。僕の想いは彼女には届かなかった。
そして、彼女がカイエンのすべてを飲み込んだ瞬間、光に包まれた。それと同時に体が水に沈むような感覚がして、意識を手放した。
――――
ピーピー
次、目を覚ました時は病院のベッドの上だった。周りにはたくさんの管と機械が見える。それほどまでに僕は重症なのだろう。
彼女とのつながりを探ろうにも、捉えることができなかった。つまり、僕と彼女のつながりは分かれてしまった。
僕はこの事実にただただ悲しくてたまらなくなって涙を流す。カイエンによって背中に付けられた傷がズキズキと痛む。まるで、お前のせいだと罵るように。
あぁ、僕はなんて弱くて情けないんだろう。
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